アルティメイト北方区・空路交通管理局。
地面に立った白い鉛筆のような姿の塔でおなじみの、通称『シャープ』。主に、オーディーンと他のアルティメイト三地区を繋ぐ空路の管理と、運送などの仕事を担当している所だ。
いつもの、のほほんと湯気が漂っていそうな気楽な空気は、ここ一週間ばかり、ほんのちょこっと隠し味にタバスコをたらしたかのようにピリピリッとしている。
あの騒動の事後処理が、まだ尾を引いているのだ。

「あー・・・もう、どうして保安省の連中っていうのはこうも細かいことばかりこだわってくるんだ・・・毎日毎日事情聴取ばっかりでうんざりだよ。ったく本当に」

広いばかりで人気の少ない業務室。
その片隅で、猫背の中年の男が勤務日誌を前にして、げんなりと頬杖を着いていた。
何度もめくり返したそのページを、もう一度ぱらぱらと目を通す。空路交通省の指令総本部からだけでなく、保安省や周辺の地方自治体からも報告書の要請が来ているのだ。治安が悪いのは空路交通省のせいではないのに、増えるばかりでどんどん溜まっていく仕事の多さがやるせない。それでも近年不景気だから、ボーナスは平年並なんだぞ、ちくしょう。
いっそ詳細は端折って、この勤務日誌を丸写しにして、これ以上なく簡潔に報告書作ってやろうかと思う。

『アルティメイト暦2018年。萌空季・4月16日。蒼陽の刻3:27分頃。
防犯システムを破壊して三人組が侵入。手口は不明。
その後内部で、犯人グループは、塔内の管理システム及び通信システムの回路を封鎖。用務員の女性一人と外来客の女性一人を人質に取り、管理局長を脅迫して、最重要宅配品管理倉庫から物品一点を奪って逃走。その直後、緊急警報を受けた保安省上空警備部隊が駆けつけ、人質二名を無事保護。
犯人一味は現在なお指名手配中――・・・・・・』

いいよな別に。こんな感じで。
国政機関が巻き込まれた事件だから、管理がどうの責任がどうのと多少世間の厳しい目線にさらされたものの、人命に被害はなかったんだし、時間が経てばすぐに忘れ去られるような事件だ。
おっと、これは書いておくべきかな・・・。曖昧なことばかり書くとすぐ報告書の作り直しになってしまうんだから。
ほとんど勤務日誌を丸写しにした手抜きの報告書に、飾りでも添えるかのようにもう一文、さらりと書き加える。

『奪われた宅配品に関しては、所有者が特定されなかったため、空路交通管理省の管轄の輸送物ではなく、倉庫の中に紛れ込んだ無関係な物品であるだろうと思われる』

これでよしと。

「ねぇん、あたし、もう帰っていい?」

チョステの机の向かい側では、アイシャドウが目立つ化粧をした女性がそわそわと時計を気にしている。
彼女もシャープの人員の一人で、名前はシーラ。
事後処理に頭を抱えているチョステとは裏腹に、彼女は仕事のことなんかどうでもいいらしく、しきりに化粧崩れを直すのに手を使っている。

「あのねぇ・・・君がそんなんだから、勤務日誌がこんないい加減なことになってるんだぞ。アルティメイト政府からの要請で、男女平等化のために女も男と給料一緒になったんだから、腰かけじゃなくてちゃんと給料分きっちりと働いてくれよ。出ないとまたお茶くみの仕事に戻ってもらうよ?」
「ぬゎによ、セクハラオヤジ、このあとデートなんだからしょうがないじゃないの。あんたの押しつけ残業のせいであたしの良縁がなくなっちゃって、オヨメに行けなくなっちゃったら、訴えて慰謝料ふんだくってやるから」

もし本当に彼女がお嫁に行けなかった場合、十中八九、残業なんかのせいじゃなくて、彼女自身の性格の悪さのためだと思う。

「何? でーと? 今日はメラ君も残業だって言ってたよ」
「あん、違うの、今日のデートはメラとじゃないのん」
「へ、何、君たち別れたの?」
「違うわよ、今日はメラにはナイショで、こないだコーヒーショップで会った年下の子とお食事v」
「二マタかいおんどりゃあ」
「だーいじょうぶよぉ、メラはあたしにナイショのつもりで三マタかけてるの」

一体何が大丈夫なのかさっぱりわからない。

「ちなみにあたしは五マタだけど」

そこで何故得意げな顔をするのかもわからない。・・・・・・アホか。

「やっぱ女の人生は玉の輿が一番のゴールデンロードなのよん、今のうちによりどりみどり手の内に入れておいて、できる限り選りすぐらないと」

彼女に選りすぐられる哀れな男達が、彼女の手の内に一体何人いることやら。あぁ恐ろしや。

「あーゆーのどう思う、ホプリ君」

高そうなブランド物のバックを手に下げ、しゃなりしゃなりと退出していく美女の後姿を見送りつつ(結局残業サボり)・・・、たまたまお茶運びのために現われた小さな少女に話題を振る。

「女が強い時代ですからねぇ、いいんじゃないですか」

チョステの方を見ようともせず、しれっとそっけなく、こぽぽぽと事務的にお茶を注いでいる。
何だかますます肩身が狭くなってしまった。

「えーと・・・お茶菓子に何か・・・そう、センベイでもあれば嬉しいんだけど」
「ご自分でどうぞ。私は他にもお茶を持っていかなきゃなので」

 てってこ てってこ てってこ

ホプリは、急須の乗ったお盆を頭の上に乗っけて、部屋を出て行こうとする。

「そんなこと言わずに持ってきてくれよー、女は愛嬌だよー?」
「一言忠告しておきますけど、そんな古い考えかたしてるから、いつまでたっても中間管理職なんですよぅ」

ぱたむ。扉の閉まる音。
女が強い時代ねぇ・・・・・・。

「せちがらい世の中になったもんだ・・・」

中年男の独り言。
ずずずずず。
茶をすする音。

「・・・ま、シーラが入れてた雑巾を絞ったような濁り茶よりかはマシだな」

ガンバレ中年。
ガンバレ残業。






*           *           *





 てってこ てってこ てってこ てってこ ・・・・・・



可愛らしい足音が向かう先は、ドレトのいる管理局長執務室。
持ってきたお盆を傾けないように気をつけながら、頭の上の高さにあるドアノブに手を伸ばす。
カチャリ
遠慮がちに開いた扉の内側のその先には、ドレトがデスクに突っ伏している。
右側にも左側にも、事後報告に関する小難しい内容の書類がいっぱい積み重なっている。
夢の中にいるはずの表情は、まるでワサビでも舐めさせられたかのように、重い苦悶がのしかかっているように見える。


「ぅうーー・・・やめてくれぇーー・・・・僕には責任がーー・・・・ホプリ君をはなせぇ〜〜・・・・・・・」
「ドレトさん〜」
「のわああぁあぁああぁっ?!!」


ホプリが声をかけると、水をかけられたような飛び起き方で目を覚ました。
もっとも、ドレトの場合、目が細すぎて起きていても寝ていても大して顔に変わりは無いのだが。


「お茶を持って参りましたよ〜ぅ」
「はっ・・・ほ・・・ほぷりくん!!! だだだだだだいじょうぶかいケガしてない骨とか折れてない?!!!」
「みぃぃ・・・・、あの、ドレトさん?」
「大丈夫だよ心配しなくても治療費は労災保険からちゃんと降りるからさぁ早く病院に!!!」
「寝ぼけてないで落ち着いてくださいよぅ、大丈夫だーいーじょーうーぶーでーすーーー」


とっさにホプリを抱えあげて部屋を飛び出そうとしたあたりで、ようやくドレトは目を覚まして我にかえる。
ドレトの腕の中で、ころりと体を丸めながらホプリは頬を膨らませている。まるで子リスのようで可愛らしい。そんなこと口に出そうものなら、恐らく本人は怒るだろうが。


「あ・・・あぁ、おはよう、ホプリ君・・・・・・」
「もう、また私が落っこちたときの夢見ていたんですかぁ?」


ドレトは恥ずかしそうに席に座りなおした。
居眠りしている間に寝違えたのか、しきりに首筋の辺りをさすったり揉んだりしている。
でもそれは、照れ隠しの仕草のようにも見えた。


「前髪、寝癖ついちゃってますよぅ」
「え、うぇぇぇ、うそっ・・・・。はぁ・・・あー情けない・・・・・・」


はぁぁ、と、深呼吸に見せかけたため息を吐く若い上司の傍らに、ホプリはそっとお湯呑みを置く。


「あれ、僕、ブラックのコーヒーって」
「胃に悪いですよぅ。ここ数日働きづめで、どうせろくなもの食べてないんでしょ。第一、ドレトさん、ブラック飲めなかったじゃないですかぁ」
「いや・・・僕はただ、眠気覚ましに・・・・・・」
「無理してカフェインとろうとするより、いっそ少し落ち着いてお休みした方がいいですよぅ」


まるっきりおせっかいな家政婦さんのお小言のようなセリフに、ドレトは、ただただ微笑していた。
眉尻の下がった表情のままで、一言返す。


「ごめんね」


ホプリの方も、なんだか困ったような目をしてドレトを見上げている。
いつもだったら、『そんなわけにはいかないよ僕には責任があるんだから』とか、そんな意味の言葉をずらずらと並べるだろう。
そして15分後に、ホプリが、疲れて結局机の上でで寝入ってしまうドレトのために、毛布を引きずりながらやってくる、というのがパターン化していた。
でも今日は素直に、それ以上何も言わず、黙ってホプリの入れてくれた温かいお茶を受け取っている。
常人よりもやや猫舌な彼のために、吹かなくても飲めるくらいの熱さで入れてある。


「ドレトさん」


ホプリは、 お茶を飲んでいるドレトを見上げながら、そろそろと話しかける。


「助けに来てくれて、ありがとうございました」


二頭身の大きな頭が、ほんの少し下がる。
このまま前にころんっと転がってしまわないだろうかと思うとなんだか可笑しい。でもそんなところが彼女のご愛嬌だ。


「僕は何もしてないよ。情けないね。口ばっかりで、何の役にもたってやしない」
「そんなことないですよぅ!」


熱っぽく大きな瞳がドレトを見つめる。


「あんなに一生懸命に、私のこと、助けようとしてくれたじゃないですか・・・!」


あの時。


ホプリの小さな体は、空中に放り投げられ、ノーロープバンジーよろしくまっさかさま。
いくら常人十分の一程度に体重の軽い彼女と言えども、万有引力の法則に逆らえるわけもなく、まさにりんごが木から落ちるかのごとく、ぽーんと大地に向かって落下していた。


そのとき誰も予想していなかったのは、ドレトが、頼りない彼らしからぬ敏捷さで、飛行機具も使わず自身の飛翔魔法によって、ホプリを空中で追いかけたこと。


・・・ではなく。


保安省上空警備部隊が、シャープの外の上空に集まっていたことである。
アテナとミケーネ達によって通信回路は使えなくなっていたはずなのに、レフラ達がごたごたしているうちに、なんと、あのメラが独断で通信回路と管理統御機関を正常に修復していたのだ。
やる気のないメラがそんなことをするなんて、やればできるじゃないかこのやろう、と、誰もが思ったことである。


ちなみに、ホプリを助けに向かったドレトは、寸でのところでホプリをキャッチし損ねた。
危うく二人そろって地面に衝突するところだったところを、駆けつけた保安省上空警備部隊の人に助けてもらった。
ある程度予想の範囲内のオチといったところだ。


ドレトは結局仕舞いまで役立たずで終わったことですっかりしょげているのだった。


一口、二口お茶に口をつけては、合間から、ため息にも似た静かな息が聞こえる。
それをごまかすかのように、口元には小さな微笑が張り付いている。
疲れのためか落胆のためか、糸のように細い目の眼差しは、いつも以上にか細く、弱い。

でも、ホプリは、その細い目の持つ優しい色が好きだった。


「はは・・・、僕ね、いつか、可愛いお嫁さんもらってあったかい家庭を持つのが夢なんだけどなぁ」


知っている。
少年のような顔をして、そんなたわいもない夢を語るのを何度も聞いている。
地位とか財産とか権力とか、そんなものを狙う度胸がないからだと行って笑うのも聞いている。


「こんなに頼りない僕じゃ、そんな平凡な望みさえ守れないかなぁと思って、もっと頼もしい人間になりたいと頑張ってるんだけど、ね」


知っている。
笑いながら言っているけど、心の中じゃ本気でしおしおとしおれているに違いない。
そのくらい、どうしようもなく頼りなくて。どうしようもなく弱くて。どうしようもなく平凡な人だと知っている。
それでも、一度背負ったものは投げ出さず、何度弱音を吐こうとも決して後ろ向きにならない人だと知っている。


あの時。

時間が止まったかのような、空中での一瞬。
瞬きを忘れた眼に映ったのは、空の広さでも、冷たい色をした地面でもない。
ただただ無我夢中で差し出された手だった。


「いいじゃないですか、それがあなたなんですから」


どうしてこの人は、いろんなものを自分ひとりで背負い込もうとするのだろう、と、いつも思う。
それができるほど器用ではないくせに。


「ドレトさんも、踏み台を使ったらいいんじゃないですかぁ?」
「はい?」
「私だって、高くて手の届かないところにあるものは、踏み台使ったり人にとってもらったりするんですよぅ? 自分ひとりで何でも手に取ろうとするから、届かなくなるんですよぅ。ドレトさんも、自分の手の届くところだけで十分なんですよぅ。
それでもどうしても手の届かないところにあるものは、誰かに手を貸してもらえばいいじゃないですかぁ」
「でも・・・」
「でもじゃありませぇん。ドレトさんが忙しい時には私がドレトさんの代わりにお茶いれてるのと同じことですぅ」


ドレトは、ちょっと困ったような顔でしばらくホプリに睨まれていた。
でも、励まされているのだということは、どうにか伝わったらしい。
何かいいたそうな感じではあったが、ようやく少し、肩が軽くなったような笑顔になった。


「・・・うん、ありがとう」
「・・・一人で何でもできなきゃいけないなんて、そんな責任者なんていないんですよ。シャープの事務員って、みんなクセが強くてばらばらしてるから、あなたは、ここの空気をまとめるフロシキみたいな存在でいてくれればいいんですよぅ」
「フロシキで空気は包めないと思うんだけど?」
「変なところで揚げ足取らないで下さいよぅ! 人がせっかく励まそうとしてるのに! みぃーーっ!」
「ははは、ごめんごめん」


一口ずつ減っていたカップの中のお茶は、ちょうど空になった。


「あ、えーと、じゃあ・・・」
「お茶ですか?」
「うん。・・・お茶くみばっかでいつも悪いんだけど・・・」
「はいはい。あなたがここで頑張って働いてくれると言うのなら、何杯だっていれて来ますから」


てってこ、てってこ、てってこ・・・・


のどかな足音が、今日も聞こえる。





*                    *                       *





時間を少々戻ろう。
アテナとミケーナそしてデヤウォッグに逃げられた直後である。


一方、レフラとエクセル。
忘れられてそうな勢いで活躍の場がなかったこれでもメインキャラな二人は一体どうしているかというと。


「あー、こいつはやっかいだねぇ、トリモチみたいな粘液かと思ったら、繊維がやたら堅い・・・」
「早くしろよ。・・・あーむかつく」


お忘れかもしれないが、まだアテナによってぐるぐる巻きにされたままだ。
全身に蜘蛛の糸のようなベタベタしたものが絡み付いていていまだに体の自由が利かない。情けないことこの上ない。


「悔しい?」
「うるさい」


むすっとしかめっ面のレフラの返答もどこか重々しい。


「魔法が使えなかったことが」


と、エクセルの言葉は含んでいる。


「なんかさー・・・あたし訳わかんなくなってきたんだけど、なんであたしらこんなとこに来たんだっけ」
「おいおいしっかりしろよ・・・; 美月竹国の美弥乎姫からの依頼で、ユグドラーシルに人探し。思い出した?」
「あー・・・もぅよろずやの仕事面倒くさくなってきた・・・」


相当投げやりな様子になっている。


「そんなレフラにいい情報を教えてあげよう」
「あい?」
「ユグドラーシルで美弥乎姫と音信不通になっていた、僕達が探さなきゃいけない人物は、実はすぐ近くにいる」
「どゆこと」
「ルルーナ・アイオライト。さっきの彼女だ」
「え」


エクセルは薄い手袋のようなものをつけ、せっせとトリモチ(らしきもの)を取り外しにかかっている。
ペーパーナイフのような白い刃物でギリギリと頑張っていたがどうやら効果が無かったらしい。諦めて手を止め、しばらく何か考えてから、今度は何か薬品らしきものを用意してきた。

「お、解けそう」

一体アテナとミケーネはどこでこんなもの用意してきたんだか。
それを言ってしまえば、エクセルにも同じことが言えるのは確かなのだか、それはこの際追求しないでおこう。
その怪しい代物を上手く片付けられるアイテムを、どこからともなく用意してくれるのは、不思議ではあるが便利なことには間違いない。


「あーもーそれよりもさっきの話の続き!」


レフラはじたばたと体を揺らす。
薬のおかげで、体に絡み付いているものは次第にボロボロと崩れていっているのだが、レフラにはそれすらも待ちきれない。
エクセルがひどく迷惑そうな顔をした。


「それよりも・・・って誰のために僕がこんなに苦労してるんだか・・・・・・」
「手と同時並行で口動かしてくれればいいだけだろ!」
「はいはいはいわかったから暴れないで動かないでレフラ。見た目より大変なんだからこれ。よっ、と」


ぶちん。
酸が侵食するかのごとく、薬品臭の漂う液体によって強度を失ったそれは、ついさっきまでの拘束力が嘘のように一気に引きちぎられた。
レフラは、濡れた猫が体を震わす動作で、髪を、腕を、肩を振った。
手でひと払いすれば、体のあちこちに張り付いた残骸も振り落とすことができた。


あー、肩がこったぁぁ・・・。(レフラとエクセル両方の心の声)


「で、なんだって」
「そうそう、それなんだけど、ここの通信回路の端末探って、ルルーナの個人情報引き出してみたんだ」


さらりと言っているが一応これ犯罪だ。


「彼女の名前は、ルルーナ・アイオライト。所属は、ユグドラーシル学院。地位は、ユグドラーシル学院魔法学部助教授。別の名前を・・・・・・『菫青』のきみ。これは彼女が、美月竹国へ留学した際にもらった呼び名だったらしい。つまり彼女が、美弥乎姫から『螺旋の指輪』を受け取っていた人物だ」
「ほぇぇ」


とりあえず、目を丸くする。


「なーんか宝くじ当たった気分」
「安い当たりだね」
「はずれよりマシだろ。じゃあさ、あたしらユグドラーシルまでわざわざ行かなくてもいいじゃん。会わなきゃいけなかった人間があっちの方から現れてくれたって言うんなら」
「ま、そうだね。美弥乎姫も人が悪い・・・美月竹国での呼び名と本名とが別にあるなら教えてくれてもいいのに」
「ルルーナはどこ?」
「まだ、しばらく事件の事情聴取で呼び止められてたから、シャープの中のどこかにいるはずだ。コンタクトとるなら今のうちだよ」
「よっし行くぜ!」
「あ、レフラ」


まだ足の辺りにトリモチが絡みついたままだからちょっと待って。
と、言いたかったのだが遅かった。
レフラは盛大に床に顔面をぶっつけていた。


「・・・・なんつーかお約束だなぁレフラって・・・・・・・」



うるせぇ、と反論したいものの、打った鼻が痛すぎてそれどころではなかった。







*                            *                              *




一方、ルルーナ。

正常に回復したシャープの通信アイテムを借り、誰かと話している。
何か大切な話のようで、深刻な面持ちで声を囁かせていた。


「・・・ええ、申し訳ありません、イザベラ様・・・私も手を尽くそうとしたのですが・・・・・・・。
 ああ、でも、シャープの方々は何も悪くないんですよ、どうかお咎めしないでください、元はといえば、私が身分証さえ忘れていなければ・・・あぁ、いえ、こちらの話で・・・・・はい・・・・ うぅ、そうですよね、はい、すみません・・・・・・。とはいえ、パンドラはどうしましょう・・・・・・やっぱり・・・・・・ですかね?
 ・・・え? いえいえ、まさかそこまで情報が漏洩してるとも思えませんが・・・・・そうですね・・・・それは・・・・難しいですよね・・・・・・・。
 え・・・・? えぇっ?! アルティメイト四連邦を動かすんですか?!
 あ、すすすすみません、つい声が。気をつけます・・・・・・・。はい・・・・・・・はい・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかりました。では、また後日」

時折後ろを、シャープの職員が通り過ぎていく。
でも誰もが忙しそうで、ルルーナの小さな会話の声など耳に止めるものはいなかった。
一通り話がついた様子で、風の魔道波を使った通信は途切れる。
急に肩の力が抜けたような様子で、ふぅぅ、と深い息をついてしばらくそのまま佇んでいた。

「ルルーナさん!」

ちょうどその時、レフラとエクセルがたどり着いた。

「あ、ああ、おふたりとも、どうもお疲れ様です。大変でしたねぇ。お二人は保安省からの事情聴取は済まされたんですか?」

穏やかな挨拶。
でも彼女の控えめな笑顔とややテンポのずれた物腰の様子から察するに、疲れているのはレフラやエクセルよりもルルーナの方だろう。

「いや、あたしらは別に何も」
「大した役にも立ってなかったし」
「そんなことどうでもよくてさ、ちょっと聞きたいことが」
「そうそう、こんなところで立ち話もなんだから、ちょっと場所を変えて一緒にお茶でも」
「ばかっ、誰がこいつを口説けといったよ!」
「えええ立ち話するの?せっかくだからもっと雰囲気のあるところで」
「何の雰囲気が必要だってんだ何の!!!」

オイそこの二人。
呼び止められて困ってるルルーナと、通路をふさがれてうろうろしてる後ろの通行人が困ってるから、さっさと要件済ませなさいってば。

「ええと、ルルーナさん、あなたはユグドラーシルからいらした方ですね」

結局、ようやく話題の大本を切り出すのはエクセルの役目になった。
ひとまず、立ち話をするのはいいが少し通路の端によけよう。
忙しそうなシャープの職員が、こんなところで立ち話をし始める部外者三人を、物珍しそうに且つやや迷惑そうに見送りながら脇をすり抜けていく。

「はい・・・そうですが、あの、私・・・今はちょっと身分証を忘れてきてしまって・・・・・・」
「いえいえ、そんな尋問ではないのでご心配なく」

きょとんとするルルーナに、エクセルは、いつもの笑顔で対応する。
レフラが気に喰わないと言う、女性を平等に見つめるあの顔である。交渉用スマイルともいう。

「僕らは、ユグドラーシルに行こうと思っていたところだったんです。『菫青のきみ』と呼ばれる人を探しているんです」
「え」

ルルーナの蒼い眼が丸く見開かれる。
その表情の変化を、もちろんエクセルは見逃さない。
確信を込めた笑顔が、彼女を問いただす。

「でも、どうやら探す手間が省けたみたいで」
「・・・・・・・あなた方・・・・・・どうしてその名前を」
「ああどうか警戒しないで。僕らは、美月竹国の美弥乎姫から依頼を受けてあなたと会いたかっただけだから」
「つーわけであんた、さっさと美弥乎姫に借りてるもん返せよ」

ぶっきらぼうにレフラが会話に割って入る。そして身も蓋も無い物の言いようだ。
レフラは面倒くさそうに息を吐きながら、波打つ金色の髪をかきあげて背に流し、セピア色の眼でルルーナを見据える。

「あんたから『指輪』を返してもらってきて欲しいと、姫様から頼まれてんの」

指輪。
このキーワードに反応する。
ルルーナの丸い瞳は、更に大きく丸く見開かれた。

「心当たりあるでしょ」
「あなた方・・・どこまで美弥乎様から話を、事情を伺っているんですか? そんな、どうして美弥乎様はそのことを・・・あなた方は、部外者ではないですか」
「関わった以上もう部外者じゃないよ。あたしらはよろずや。頼まれたことを頼まれたとおりにやるのが仕事なもんでね」

ほんのしばらくの間、疑惑と警戒と戸惑いが混ざり合った眼差しが、レフラとエクセルを交互に見つめていた。
その視線は、定まりかねて宙をさまようこと約数秒間。

「指輪は・・・今ここにはありません」

やっと決心がついたように、開いた口から出たのはその一言。

「じゃあユグドラーシル学院にあるの?」
「場所を教えることはできません。それに・・・一時的にとはいえども、あなた方にお預けするわけにもいきません・・・とても重要なものですから」
「何? あんた、そんなこといって返さずにそのままパクるつもり」
「そんなことは! 第一これは、私と美弥乎様のあいだでの問題ではありませんか、指輪は時期が来たら必ずお返しする予定でした」
「んなこと言われても、こっちも仕事だもんなぁ。依頼だから」

ルルーナは、まるでたまりかねたかのようにキッとレフラを睨む。さながら、未知のものに出会ったときの小動物のようだ。

「美弥乎様には私から必ず連絡差し上げます・・・。どうかあなた方はこれ以上、もうこの件に関しては関わらないでください。・・・・・・失礼します」

そういい捨てて、ルルーナはくるりときびすを返して立ち去ろうとする。

「ちょっ!」

レフラはその背中を追いかけようとしたが、エクセルの手がレフラの腕を掴んで止められた」

「なんだよ」
「無駄無駄。あの様子だと追いかけても埒があかない。それに今指輪を持っているわけでもないし。口論したってどうせ渡してくれないよ」
「そんなこと言ってもなぁ・・・・・・」

そんな会話をしているうちに、もうルルーナの姿は消え去って、足音すらも聞こえない。
通路の只中で、ごたごたと話すエクセルとレフラの二人だけがその場に残る。

「だから、否が応でも渡すしかない状況を作ればいいんだよ」
「どゆこと」
「最初の計画どうり、僕らからユグドラーシルに乗り込んでそこでまた彼女を問い詰めた方がよさそうだ。その方が彼女も逃げようが無いだろう」
「うーめんどくさい・・・・・・」

やっぱり宝くじははずれだったようだ。

「そういうなよ。ちょっとくらいごたごたした方が面白いのがこの仕事だってレフラよく言ってるじゃないか」
「ま、それもそうか。うーーーん、なんかアイツ、引っかかるなぁ」
「ルルーナのこと?」
「あの態度気に喰わないわ。どんな事情があるんだか知らないけど、こーーーーーーなったら、とことん首突っ込んでやる」
「はいはい」


白い塔の窓の外には、今日も、アルティメイトを包む空の蒼が広がっていた。


















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