「だからぁ、あの、私は決して怪しいものではなくて」
「貨物管理室に忍び込もうとしていた時点で、あんたは不審人物。これ決定ね」
「し、し、し、忍び込もうとしたなんて、私はちょっとどうしたらいいかわからなかっただけで・・・」

せかせかとした足取りで、ドレトが総合管理室にやってくると、部屋に入る前からこのようなやり取りの声が聞こえていた。
どうやら大した事情聴取はできていないらしい。
全くやる気なさげな間延びしたメラの声と、困り果てたような相手の声から、わかる。

ふ、やっぱりこーゆー仕事って、責任者の僕の仕事かな。いやぁははは。

ガー・・・

入り口のドアが横にスライドして、それに気付いた中の二人が、入ってきたトレドの方を見た。
中に入るのが二人だけというわけではない。他にも、何人もの事務員が、施設内の管理モニターを操作していたり、無線の役目の音声アイテムでどこかのトラブルに応対していたりする。
メラは、だらしなく足を組んだ姿勢で椅子に腰掛け、その『不審人物』らしき相手と向かい合っている。
対する『不審人物』は、女性、むしろ少女と呼ぼうか、若い女の子で、藍色を基調としたデザインのゆったりとしたローブを着ている。
瑠璃色の瞳は今にも泣き出しそうなほど、当惑しきった色をしている。

「あ〜、ドレトさん来るの遅いッスよ〜。あ、こいつ、こいつッス。俺が見つけた不審人物〜」

メラは背もたれに腕をかけて、椅子を回転させて体を揺らす。

「はいはいはい。それは偉かったから、制服の襟はちゃんと合わせて着て、ベルトも正しく締めようね、うん。今度身なりで注意されたらクビにするよ?」
「ち・・・だせぇ〜」

そう言われて、ざんばらな長髪をボサボサにいじりながら、しぶしぶ服装を直す。
多分五分もすれば、それもまた注意する前と同じに戻ってしまうだろう。採用試験で成績が良かったとはいえ、素行が悪くて手を焼く新人社員だ。

「えーと、じゃあ、彼女への尋問は僕が変わるから、君は通常の業務に戻りなさいね?」
「あ〜、俺もぅ今ので、今日一日分働いたッスよ、帰っていいッスか」
「駄目。給料出さないよ?」
「・・・ち」

舌打ちしながら、他の事務員達のいる管理モニターの方へと向かう。歩きながら、もう制服の着こなしを手で崩している。どうしても襟元は緩ませて着たいらしい。

「・・・ま、いっか。えーと・・・コホン」

メラの代わりに椅子に腰をおろし、彼女と向かい合う。

「まだ若いのにねぇ、悪いことはするもんじゃないよー」
「だからぁぁー・・・」

少女は、ドレトに肩を叩かれながら、がっくりと頭を落とした。

「残念ながらここだと保安省の待遇みたいにカツ丼とか出せないけどねー、まぁお水くらいなら」
「いえ、あの、まず話を聞いていただきたいんですけど」
「あ、カツ丼いらない?」
「誤解なんですって〜」

はぁ、と、疲れたため息をついて、ぱたぱたと手を振る。

「えぇと・・・、先ほどの目つきの悪い方が、なんだかすごーく、人聞きの悪いこと仰ったんですけれども・・・、本当に私、忍び込もうとしたわけじゃないんです。信じてください」
「と、言うと?」
「あ、私、ルルーナと申します」
「うん」
「明日か明後日頃に、私の元にこちらから届けられるはずの荷を受け取りに参りまして・・・」
「そうなの?」
「はい。申請もしていたんですが」
「それはできないよ。ここから運搬するものは必ず空路交通管理省の事務員が、責任を持って宛先へ輸送することになっているから」
「いえ・・・でも・・・良くない噂を聞きまして、それで心配になって・・・」
「噂ぁ?」
「いっ、いえ!本当に大した話ではないのですが、届けられすはずのものは、非常に私にとって大切なものなので・・・できれば直に受け取りたいと思いまして」
「ふぅむ・・・」

彼女の曖昧な話に、微妙にドレトの顔が険しくなる。もっとも、彼の目は糸のように細いので、よ〜く見ないと表情の変化など見分けられないが。
噂。
心当たりはある。
レフラと話していたときに入ってきた、本部からの情報。
荷が、何者かに狙われている。
最近アルティメイト全体で治安が悪い、とか、そういう話ならよく聞くものの・・・一体どこから流れてくる話なのだろう。

「あ、じゃ、ルルーナくん・・・身分証明書とか持ってる?学生証でも、免許証か資格証みたいなものでも、なんでもいいけど」
「え」

ぎくん、とルルーナの肩が震えた。

「そのぅ」

顔を赤くして、うつむいた。
そしていきなり目を潤ませた。
ぎょっとして思わず引く、ドレト。


「確かに持ってきたはずなんです!でも無くって、多分、ここに来る途中で無くしちゃって、あーもぅ!疑ってます?疑いますよねでも私ってドジなので、あの」
「わ、わかったからわかったから、泣かないで頼むから」
「ふぇぇ〜。さっきだって、入り口の受付で、身分証身分証って言われたのに私ったら、出せなくて、受付のおねーさんがすっごい険しい目で私のこと見てたんですよぉ〜!?私、悪い人に見えますぅぅ?ひどいですよ〜。それで仕方ないから、ここの責任者さんと話をさせてくださいって言って、入れてもらったのに、どこに行けばいいのかわからなくて迷ってたら、なぜか、さっきの目つきの怖いお兄さんに、ここに連れて来られちゃうし〜」
「落ち着いて、ね、ほらアメでもあげるから、ね、よしよし」
「ふぇぇぇ〜・・・」
「じゃあ、君が何か犯罪をするつもりだったんじゃないってのは信じてあげるから、もう大人しく帰りなさい」
「それはダメですっ!『あれ』を受け取らないと私は心配で帰れませぇんっ!」
「そんなこといわれても・・・本人証明できないならどうしようも」


「――何なら、手助けしましょうか。ドレトさん、そしてお嬢さん」


ガー・・・


気障な声と同時に入り口のドアが横にスライドする。
そこには、わざとらしい紳士的な笑みを浮かべたエクセルと、大して興味なさげな表情のレフラが立っていた。
そしてズカズカと入ってくる。


「わ、困るよぉ二人とも、一応ここは許可が無い限り、事務員以外立ち入り禁止・・・」
「かったいこと言わないでよドレト先輩〜。立ち聞きもいい加減疲れてたし」
「立ち聞きィ?ちょっとー、部屋で待っててって言ったのに、も〜レフラぁ」
「まーまー、でさ、ここにいる似非フェミニストが、なんかやりたいっつってんだけど」

相変わらず口が悪いなぁ・・・と、横目でレフラを睨みつつ、咳払いをして、ドレトの方に向き直る。

「本人証明でしたら、僕の持ってるアイテム使えば、情報を探せますよ」

と、懐から、長方形の厚みのあるカードのような、銀色のものを取り出す。
それはパカッと折りたたまれた状態から開く。
内側には、クリスタル画面と、記号の書いたボタンが並んだボードが並んでいる。
エクセルが、右上端の小さな緑色のボタンに触れると、クリスタル画面が輝きだす。

「何だそりゃ。アスガルドのマジックアイテムかい?」
「まぁそんなモンです。ポケットサイズのコンピューターで」
「コンピュータって?」
「簡単に言うと、アスガルドで発明された、情報処理用のマジックアイテムです」

ドレトは、見たことの無いアイテムを不思議そうに眺めている。

「うまく回線が繋がればいいんですけど、こいつにはアルティメイトほぼ全体のデータをインプットしてあるんで、検索できれば、ルルーナさんの個人情報を照合できますよ」
「照合って」
「ルルーナさんの、名前とか所属とか・・・証言してくれれば、それが本当かどうか確認できるってことで」

エクセルが説明している間、レフラは退屈そうにそれを眺めていた。
そして誰にも聞かれない声で、ポロリとこぼす。


「・・・なぁんだ、怪しい人物ってゆーから、あたしの出番かなーとかちょっと期待したってのに、何ともなさそうじゃん・・・。やることがなくて暇だわ」



*  *  *




ところで、これより少し前、ドレトがルルーナと話をしていた頃のこと。


「あ、やべぇ・・・」

管理モニターの前に向かったメラが、誰に言うわけでもなく、小さくつぶやいた。
しばらく、そのまま口をつぐんで静止。

「・・・・・・まいっか」
「何がですかっ?」
「のあっ?!」

何事も無かったかのように自己完結しようとした彼のつぶやきに、甲高い声が食らいついた。誰にも聞かれていない独り言のつもりだったので、とっさに、ギクリと飛び上がる。

「なななんだ・・・ホプリさんじゃないッスか。あ〜、相変わらず小さいんで見えなかったぜ・・・」
「まーぁ!まーぁ!メラまで、なんてこというんですかぁぁ!みぃーっ!ちょっと足が長いからって背が高いからって!デリカシーの無い男なんて男じゃないんですよぅー!みぃーっ!」
「だぁ・・・うぜぇ、キンキンした声で鳴かないでくださいッスよ、あ〜、けだる・・・」
「で、で、何がやばいんですかっ?仕事をいい加減にしたら、ドレトさんが困るんですよっ!」
「いやさぁ、貨物管理室に、一応何の異常もないのを確認したのは良かったんだけどよぉ、俺、そのあとでちゃんとセキュリティの確認したっけかなー、とか」

目をそらしながら言う辺り、確認はしたかどうか、ではなく、してなかったのだろう。

「どーしてそんな大事なことを『まいっか』で放っておこうとするんですか」
「いやーさー面倒くせぇっつーか?」
「もーぅ、じゃあ、私が代わりに見てきますから〜、メラはちゃんとお仕事しててください〜」
「あ、じゃついでにコーヒー入れてきて。ブラック無糖」
「じ・ぶ・ん・で・い・れ・て・く・だ・さ・い(怒)」

そして、ホプリは短い脚を精一杯使って、てってこてってこ、貨物運搬室の方へ向かっていった。
入ってきた方とは別の、もう一つある出口から出て、事務員以外立ち入り禁止の階段をくるくると上がっていく。




*  *  *




てってこ、てってこ、てってこ・・・・・・
可愛らしい足音は、人気の無い一角で、止まる。

「まぁまぁ、扉が開いたまま・・・。全くもぅ、無用心にも程がある、事務員失格ですよぅメラは」

金属の壁で囲まれた貨物管理室では、小さな声の独り言さえ寒々しく反響する。

「ええと、防犯ロックオンのスイッチはどっちだったでしょうか・・・。踏み台なしで届く高さにあればいいんですけど・・・むぐっ?」

明かりをつけない暗い倉庫の中に踏み込んで入ったホプリだが、その闇色と同化した黒ずくめの姿が中に潜んでいることに気付かなかった。
その人物を確認した時には時既に遅く、厳つい男の手に口を塞がれて抱え上げられていたのだった。
暗い中でもよく目立つような赤味のオレンジ色の髪が、反り返るように目線だけで見上げたホプリの視界に入った。
もう少しホプリの背が高かったなら、身を隠すには向かないこの髪の色を、闇の中で見つけることができただろうに。
どう見てもシャープの事務員ではないその男は、子猫でも宙吊りにしてるかのように、掴み挙げたホプリを揺らしながら口を開く。

「おっと、誰か来やがったと思ったら・・・チビだぜ。こいつどーする?窓から捨てるか?」

ジタバタと小さな手足が宙でもがく。抵抗しているというよりも、今の「チビ」という言葉に文句を言いたいらしい。口を塞がれているので、お決まりの「みぃー!」という怒鳴り方はできないが。

「いや、でもそいつも一応職員っぽいよぉ?雑用かな」

不審な人物は、他にもいたらしい。暗い中で黒ずくめなのでわからなかったが、眼が慣れてくると、黒い背景の中からうっすら浮かび上がるような、露出した肌の白さが見える。
今の声からしても、そいつは女らしい。

「ね、あんたぁ、ここ探し回ったんだけど、それらしきモンなかったんだよねぇ・・・。『パンドラ』って、どこに隠してんの、どっか別の所?」

もう一つ別の女の声。ソプラノの高さの先ほどの声と比べると、こっちはアルト。吊り上げられているホプリからは目に見えない方角から気配がある。
女が二人・・・全部で三人だろうか。
『パンドラ』? 何の事だかわからない。わかるのは、仕事で取り扱っている大切な貨物を荒らされて許せないということだ。
いつもの百倍くらいの勢いで、みぃー!と怒鳴りたいところだが、口を塞がれているのでそれもできない。顔を真っ赤にしてジタバタともがくが、男の手の力は強く、ビクともしない。

「デヤウォックぅ、こんな下っ端みたいなおチビに聞いてもわかんないんじゃない?」

トーンが低めな方の女の声が、オレンジ色の髪の男に話しかける。しかし代わりに答えたのは、甲高い方の女の声。

「大丈夫大丈夫、最初の計画通り、あたしがうまくやってあげるから」

そう言った彼女が持っているのは、手のひらサイズの・・・あまり見慣れないアイテム。
東の地方で今流行しているという「ケータイ」に似ていた。
じゃらじゃらと鈴なりになったストラップを揺らしながら、彼女は、熱心に親指でボタンを操作する。
さっきから変なBGMがそのアイテムから流れているのだが、まるでゲームでもしているかのようだ。

しかし、それからいくらも経たないうちに、

「よしvおまたせーv」
「はぁ?マジでできたのか!すげぇなミケーネ!」
「デヤみたいな力馬鹿と違うんだからね、甘く見ないでよぉ」
「まーまー、デヤが馬鹿であたし達がスゴイのは今に始まったことじゃないんだし、さっさとやっちゃうわよ」

・・・何をするというのだろう。
すごーく、嫌な予感がするのは間違いないのだが。

「塔全体の管理回線、ジャック完了。この中にいる人間全員が人質ってわけね。あとは、脅しすかして、『パンドラ』パクッて帰りましょ」

ホプリは、やっぱり踏み台を持ってきて、先に貨物管理室内の電気をつけるべきだったと、今更ながら後悔した。




*        *          *





び ぴぴぴぴ ビびッ !


妙な電子音が、その場にいる全員の耳を貫く。
きょとん、と、音の方へ目を向けると、真っ暗になったモニターの前で、メラが、彫像のごとく硬直していた。
両の手は、半端に宙に浮いたまま、行き所を失っている。


「メラ君・・・、管理統御機関に何したの」
「えぇえぇぇえぇっ?! お、オレっすか?! 何もしてねぇっすよマジで!!!」


ドレトの白い目線を、力いっぱい否定しようとする。
滝のように流れる汗が、ものすごく、その言葉の信頼度を落としている。


「うぇぇっ・・・、いきなり全然操作できなくなりやがって、あーちくしょうッ!!」


ざんばらな長髪を振り乱しながら、ガチャガチャと、目の前にずらりと並ぶカラフルなボタンと格闘する。
必死の指さばきにもかかわらず、うんともすんとも答えてくれない。
壁の一角を切り取ったかのように、澄み渡った空を広々と映し出していた水晶版のモニターは、真っ暗になって静まり返っている。
ぽん、と、焦るメラの肩に置かれたずっしりと重い物は、本来、重いはずの無いドレトの手。


「装置の弁償額、いくらくらいになるかなぁぁ。いやいやお気の毒に」
「でぇーーーーッ?!! そりゃないっすよドレトさんーーー!!!ホント、これオレが壊したんじゃないってのーーっ!!!」
「ほぉぉぉ? それじゃあ君は、今君以外にこの総管理室以外のどこかから、誰かがこのシステムを操作して、強制的にシャットダウンさせたとか、そんなありえないことが起こったとでも思うのかい?」
「ああなるほど!きっとそれっすよ!オレ無実、これ決定。よっしゃ」
「・・・あーーーのーーーねーーーえぇぇーーー・・・・・・」


一人で自己解決しているメラに対して、上司のドレトは、本気で頭痛がしてきたようだ。
今日はオーディーン郊外の薬屋が繁盛することだろう。


急なアクシデントに、ルルーナの取調べも一時中断していた。
どのみち、取調べにもアクシデントにもたいして興味は無いのだが、単にレフラは退屈だったのだ。
居眠り寸前で辺りの様子を眺めていて、ドレト達の様子に気付き、そして、こっそりとエクセルをつついた。


「ん?」


エクセルは、ルルーナのデータを検索するために、ポケコンをネット回線に接続させようと意識を集中させていた。
今のメラとドレトのやりとりも、恐らく聞こえてないだろう。


「どうしたんだいレフラ、僕がしばらく君から目を離していたから、寂しくなった?」
「ドあほぅ」


白い歯をキラキラさせた、とっておきのエクセルの笑顔は、レフラの無情なデコピンによってはね返された。
ちなみに・・・けっこう痛そうな音がした。バシっ、て。


「なんかねー、そこの、統御システムがイカレちゃったっぽいよ?」
「あー、みたいだね」


デコピンでのけぞったお陰で、体の向きを変えずとも、真っ暗になったモニターがよく見える。


「あーゆーのいじるの、あんたの本職じゃない?ぱぱぱっと直してやれば?」
「うーん・・・でも、今こっちの検索中・・・」
「あんたが直せば、料金ふんだくれるじゃん、一応あたしら『よろずや』なんだし。ほらほらっ、ドレトさんが先に修理しちゃったら、仕事がぱーだよ」
「あぁなるほどね・・・。要するに恩を売ってこいと」


・・・腹ぐろ。


「まぁいいけどね。人助けだろうと商売だろうと・・・。どっちだっていいんだけどね。どっちにしたってレフラは何もしないんだね」


ぼそ、と小声でつぶやいてから、しぶしぶ、エクセルはメラとドレトの方へ向かう。
その間、ルルーナは放ったらかしである。
なかなか容疑を解いてもらえないこの少女は、心もとなさそうに、レフラの隣で立ち尽くしていた。


「妙ですね・・・空路交通管理省のような国家機関の設備ともなると・・・ちょっとやそっとの操作ミスで、全機能が止まってしまうような、そんな性能の悪いものを使っていないはずでしょうに・・・。全機能が停止・・・そんなことができるとすれば・・・いえ、そんなまさか・・・」


あんたさぁ、独り言、心の中だけでできないの?
そう言いたかったが、どうせ自分には関係ないことだと思い、レフラは傍観を決め込んでいた。」


歩み寄ったエクセルが、動かなくなったシステムに手を触れようとしていた、正にそのときである。



ビぴーーーーーッ ガガッ キぃぃィぃーーーン !



あまりにも唐突に。そう表現するしかない。
非常に耳障りな、金属を擦るような音が、スピーカーから吐き出された。
今度こそ誰もが(無関心なレフラを除く)、ぎょっとした。
確かに、誰一人として装置には手を触れていないのに。


この総管理室以外から、システムを操作している誰かがいる。
そして、その仮説は、騒音の0・5秒後に続けて流れてきた声によって証明された。



『Ah〜Ah〜、あてんしょんぷりーずv どーも〜皆様こんにちわ〜v マイク前のウグイス嬢は、ミケーネちゃんでございま〜すv』



大音響で響き渡る、キンキンと甲高いアホ声・・・いや、アナウンス。
さっきの金属音より、こっちの方がよっぽど耳障りだ。
それに気をとられて誰も気づかなかったが、呆気にとられた空気の総管理室の片隅で、レフラが派手に椅子から転げ落ちた。

・・・こ・・・この聞き覚えのある声は・・・・・・・。


『いきなりですが〜、この塔は〜、私達が〜ぁ、たった今、乗っ取っちゃいました〜v
 通信ラインはデヤが全部ブッ千切ってくれたしぃ〜、出入り口は今、アテナちゃんが封鎖してくれていま〜すvvv
 そんなわけで〜、死にたくなかったら皆様おとなしくしてて、その場を動かないでくださいね〜v 
 それでわ〜〜〜〜v えくすきゅーずみ〜v』


・・・アホか。


ちらほらと交わされる、か細い会話はこんな感じ。


「・・・・・・なんだ今のは・・・・・・」
「回線が接続狂ったんでしょうか・・・」
「いやぁ今時は悪趣味なラジオ番組やってんだなぁハハハハ・・・・・」


いや・・・シャープ事務員のオッサン方・・・・・・
現実逃避したくなる気持ちはわかるけどさぁ・・・・・・事実を受け止めようよ・・・・・・


「・・・ふっふっふっふっふっふ」


どよめきを静止するかのように、静かに、そして不気味に立ち上る含みのある笑い声・・・・・・
どす黒いオーラが、室内の一角から立ち昇る。
波打つ金色の髪の合間から覗くアーモンド色の二つの瞳が、熱せられた銅塊のような危険な色をしていた。


「れ、れふら・・・?」
「ふふふふ・・・いーい度胸してんじゃない、あいつら」


バキンっ!


立ち上がるときに手をかけていた椅子が、真っ二つに砕けた。
本気のレフラを敵に回した者の末路の暗示である。・・・恐ろしや。


肩にかかったマントを、ばさりっと背に流す。


「よっぽどあたしにケンカ売りたいよーじゃないのよあのかしまし娘ドモがっ!」


人から見れば、お前も十分かしまし娘だよ。
という、命知らずなツッコミはこの場はおいといて。


「なななななな何レフラの知り合い?今の」
「えぇーーーと・・・・何といったらいいのか・・・」


怯えるドレトに囁かれ、頭を抱えるエクセルであった。
アテナと、ミケーネ。
この二人がこんなところで出てくるとは・・・・・・。


「今のは・・・レフラを目の敵にしていて、仕事の邪魔をする小悪党がいるんですよ、そのうちの一人です・・・」


腐れ縁、というのはあるものだ。
よろずやを始めて間もない頃、ある街から、万引きの常習犯がいるから捕らえて欲しいとの依頼があった。
そういう、こすい軽犯罪ばっかりやってるような頭空っぽの二人組みだ。
結局、その時は逃げられてしまったのだが・・・
いまだにレフラは、その仕事の失敗を憎んでいるし、アテナとミケーネもまた逆恨みして、機会があるたびに、レフラとエクセルの仕事に横槍を入れる。


「今度は何企んでいるのか知らないけど、なかなか面白いイタズラしてくれてるよーね」


おおぉ・・・レフラがキレるのは怖いけど・・・
何でもいいから、この事態を収集したい。協力してくれるというなら、願ったり叶ったりだ。

と、ドレトは考えていた。


『あ、そうそう。デヤから、これも言っておけって言われたこと忘れる所だったわ。
 えーと、人質で、頭でっかちのちびっこいのを預かっとくから〜、コイツを窓から投げ捨てて鳥のエサにされたくなかったら〜、おとなしくあたし達の仕事が終わるまで待っててね〜』
『ちびっこくないですぅぅぅ! なんて失礼で破廉恥な人なんですかぁぁぁ!! みぃぃぃ〜〜〜!!!』


ぶつ。
不意に再び流れては、不意に途切れるアナウンス。


ドレトが一瞬で化石のごとく硬直した。
可哀想に、褐色の顔色は、今や血の気が引いて土気色である。


・・・い・・・今の声は・・・・・


「・・・聞かなかったことにしようか」と、レフラ。おいおいおい;
「・・・ちびっこい頭でっかちの二等身・・・それにあの、沸騰したヤカンが鳴くような声・・・ほ・・・ホプリ君だ・・・間違いない」


真剣に心配してはいるようだが、けっこう言いたい放題言っている。


「さてと・・・」


すがりつくような目でおろおろしているドレトを前に、レフラは小さく息を吐く。


「ちょっくら、あいつらぶっ飛ばしてくるわ」
「ちょちょちょちょちょっと待ったーーーー!!!」


近所の散歩に行ってくる、とでも言うかのように、本当になんのためらいもなく飛び出そうとする。
しかし、ドレトがマントの裾にすがりつく。
釣り上げられた魚のごとく、扉の手前まで引きずられる。


「何よ、マントが伸びる」
「僕より先にマントの心配かよ・・・って、そんなことより、今の聞いただろう?!」
「あぁー聞こえたねーばっちり。これでも地獄耳だし。ま、大丈夫大丈夫、あいつらに人命をどーこーとかする度胸無いから」
「そうは言っても・・・もし、ここで何かあったら、全部僕の責任だし・・・」
「こーゆー場合、つかまったヤツがドジだったってことで」
「いやそんな無茶苦茶な・・・」


頼りなく震える声と、ぴしゃりと掃いては捨てるような声とが、しんと静まり返った室内に響く。一つ一つが、大理石の壁に染み込んでいきそうな気さえする。
他の事務員と、その他この場にいる一同は、固唾を呑んで二人のやり取りを見守っていた。
レフラのように行動するべきなのか。
ドレトのように慎重に留まるべきなのか。判断しかねている。


「とにかく・・・ホプリ君が危機にさらされているんだ。僕だって、今すぐ何とかしたいのは山々だけど・・・ここはどうか、一度冷静になってどうするか考えよう。だからまだ手荒な真似は・・・」
「めんどくさいなぁ。何かあったとしても、それは全部あいつらのせいで、ドレトさんのせいじゃないって。そう言えばいーじゃん?」
「そういうわけにはいかないんだ!」


気のせいだろうか。
穏やかで気弱だった口調が、次第に覇気を帯びる。
燻っていた小さな火の粉が煽られるかのように。


そう感じながらも、もう一方の声も引かない。弓形の眉を、わずかに釣り上げる。
軽くあしらう程度だった跳ね除けも、徐々に真剣味と剣呑さを孕んでいく。


「は、おあいにくさま。あたしは、ドレト先輩の部下でもないしここの職員でもないんだから。自分の意思で動く権利があるわ」
「うん。そうだね。そうかもしれないよ。でも、君が部外者だろうとそうでなかろうと、関係ない。
 レフラ君、僕はここを任されているんだ。ここを管理して統括するのが・・・ここを守るのが、僕に与えられた仕事なんだ!責任があるんだ!
 もし僕のせいで僕の部下に何かあったら、管理職なんか失格だよ、その場でこのプレートを捨てるしかない」


そう言って示すのは、胸につけられた、キャパシティ・プレート。
先ほどに、最近やっと五等星位資格を取って、昇格できたと、嬉しそうに話しながら見せてくれたものだ。


「言い逃れとか、減給とか、世間体とか、立場とか、理由とか・・・そんなもの全部どうでもいい。そんな問題じゃないんだよ。
 そりゃあ、しがない中間管理職の僕だけどさ、僕は僕なりに、背負える限りのものを精一杯背負って頑張ってるつもりだ。それを無責任に途中で投げ出すなんてできない。 
 『仕事』ってそんなもんだよ。違うかい?
 ホプリ君だけじゃない・・・今ここにいる全ての人間と、預かってる荷、どれも、僕の管理下にある以上、僕に責任がある!それが僕の仕事なんだ!」


熱く、そう叫ぶ。
いくらか冷めた、澄んだセピア色の瞳が、じっと彼を見つめていた。
そして、初めてその場にいる全員・・・メラも、エクセルも、ルルーナまでも、じっと、ドレトに注目していることに、本人が気がついた。


「あ・・・えっと」


土気色だった褐色の肌色が、コーヒー色になった。普通は赤面する所だ。
柄にもなく、感情的な一面を見せてしまって、まるで宿題を忘れて立たされているかのような、決まりの悪そうな顔になる。


「でも・・・僕、な、何もできないかもしれないけどね・・・あまり実践的な魔法使えないから・・・ほとんど筆記で試験パスしてたもんだったしなぁぁ。ははは・・・偉そうなこと言うだけ言っといて、なんだけど・・・」
「はいはいはい。」


レフラは一息ついて、振り乱した金髪を指で梳いて整える。


・・・こんな熱意見せつけられちゃったら、協力しないわけにはいかないじゃないの。


そういえば、学生時代から先輩のこんな性質は変わらなかった気がする。
へたれで頼りないくせに、よく委員会の仕事ばっかり押し付けられては参ってたっけ。
適当にやればいいのに、っていつも思ってたよ。ばっかなんだから。
その度に、責任がどーとか言ってたっけねぇ。今みたいに。全然聞いてなかったから、さっぱり覚えてなかったけどね。


「・・・思わず、先輩の熱血な一面見ちゃったからね、手伝ってあげるよ。シャープ管理塔長さん」
「右に同じ」


と、飛んできた声は、エクセルから。


「社会人の鑑って感じだね。僕でよければ手を貸しますよ」

「私にも協力させてください!!!」


あら?
隣では、藍色のローブを着た少女が、大きな二つの瞳を潤ませていた。


「今のお話、感動しました! 微力ながら、私も皆さんにお力添えを・・・」
「ヤダ」
「それはねぇ・・・」
「・・・うーん」


・・・あらら・・・
帰ってきた反応は、ルルーナの思いのほか、苦々しい。


「邪魔そう」
「だってまだ身元不明な立場のままなわけだし・・・気持ちは嬉しいけど」
「レフラはともかくとして、女性を危険に巻き込むのは・・・」


・・・もう少しやんわりと言ってあげようよ・・・三人とも・・・
かなりやる気だったらしいのに、可哀想なくらいしょげちゃったよ。彼女。









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