オーディーン学院は、白山の峰の上にそびえている。
アルティメイトの中で最も北の夜空に近い位置に。

ドラゴンは、二人を乗せて空を翔る。

白山のふもとには、オーディーン学術都市が広がっている。
魔道師もそうでないものも自由に交流できる、豊かな北の首都だ。

こんなものが飛んでいるのを一般人に見られたらややこしいことになる。
何しろ希少にして貴重な乗り物だ。たちまち噂になるだろう。
今日も都心は賑やかそうだが、寄り道したい気持ちをこらえて、エクセルに任せて高度を上げる。
あぁ今度また授業中抜け出して、ピクシーバーガー食べに行きたい・・・。つーかゲーセンも行きたい。
仕事終わってから、エクセル引き連れて絶対に遊びに行こ。

遠い幻影のように、町並みは視界から薄れていく。

雲の中へ。
銀色の翼は風を切る。

あたしがなかなか飛行魔法覚えられないのは、コイツのせいかもしれない。

どんな星獣だろうと、どんな飛行系魔法アイテムだろうと、エクセルが乗りこなすドラゴンにかなうもんはいないと思うよ。
どうやったって、この風は手に入らないよ。

「レフラ、見えてきたよ」

整った横顔が、得意げに微笑んでいる。
・・・言わなくったって見えてるよ。目はいーんだから・・・。



レフラ達が向かっていたのは、『オーディーン空路交通管理局』。
通称『シャープ』。


白いエナメル質の光沢を持つ塔が、濃い紺碧の空の中に、一筋の閃光のようにまっすぐに立っている。


こぽぽぽぽ。
心地よい音を立てて、琥珀色のお茶が三つのカップに注がれる。
ふんわりとした湯気と共に、香ばしい香りが応客室にこもる。


レフラは、ガラスのテーブルの上に惜しみなく並べられた高価そうな焼き菓子の数々に、素直に目を輝かせていた。


「おおぅ、さすがドレト先輩!気前イイねー!あっ!これ、プレシャス・ユーロの『アンダンテ』(←店名)限定販売のアーモンドパイじゃあーりませんか!いやっほぅ☆」
「いやぁははは。久々に会ったわけだし僕ももう社会人だし、ちょっとくらいご馳走してあげようかなぁなんて。いやぁははは大したことないけど」


応対しているのは、白地に青の紋章入りの制服を着た、薄茶の髪と褐色の肌の青年。
やや童顔で頼りなさげな笑顔がトレードマークの、オーディーン学院208代目卒業生。
レフラの二つ上の先輩に当たる。
ドレト=サンゼット。現在20歳。アルティメイト空路交通省所属国家公務員。ちなみに、ただいま奥さん募集中。


「相変わらず君達学生の身分で贅沢なもんに乗ってるねぇ。今頃、ドラゴンの周り、人だかりになってるかも。いいよなぁ、エクセル君ー、アレ、空路交通省に寄付しないかーい?」
「あっはっはっは。僕以外の人が勝手に乗ったら噛みつきますよあいつ」
「先輩も卒業したらさっさと公務員かー。面白くない地味な就職してるわねー」
「じみ・・・、あのねぇ、公務員資格に必要な、五等星位の魔道師免許とるのにどれだけ勉強したと思ってるのさー」
「五等!?あらら先輩いつのまに」


ドレトは、糸目を更に細くして笑いながら、胸につけているプレートを見せる。
あ、本当だ。
五等位の国家公務員だ。
当人の指先に反応して身分証明を開示する仕組みのプレートには、嬉しそう〜な顔をしたドレトの顔が載っている。


「学校卒業しただけの六位魔道師でも、やっていけることはやっていけるけど、雑用ばっかだし給料低いしねぇ」
「あー、世の中不景気だからね〜」


まるっきり人事なレフラの口調。
就職どころか卒業さえ怪しい自分の立場は、完全に頭に無い。
ちゃんとした魔道師免許を得ていれば、誰でも『魔道師』を自称するには十分だが、それがちゃんとした職として認められるためには、多々の正式な資格が必要となる。


プルルルルル

会話をさえぎって、電話の呼び出し音が鳴り響いた。

「あ、ヤバイ、指令塔からだ」

ドレトがあたふたと部屋の片隅に据えつけてある受話器に飛びついた。
一応勤務時間中だったらしい。

「大変だねぇ働くって」

レフラはのほほんとそんな彼の姿を見ながら、チョコレート菓子にせっせとかじりつく。
隣で、エクセルが何か言いたげな目で見ているが全く気づいていない。

レフラ・・・・・・。
よろず屋は君にとって仕事じゃないのかよ(泣)
所詮彼女にとっては、やることなすことどれも遊びの範疇なのだ。
これだからいつも気分屋で困る。

「ま、ビフロストのパスポートは、ドレト先輩が発行してくれそうだしこれで心配ないか」
「そうだね。じゃあ、ユグドラーシルにどう乗り込むか打ち合わせしようか」

後ろで、ドレトが懸命に受話器の向こうの上司らしき人にへこへこ頭を下げる情けない声が聞こえるが、まぁ、それは聞いていないことにしてあげよう。

「乗り込む・・・あぁそっか。あそこ、ちょっと出入りが厳しかったねそういえば」
「そー。レフラも知っての通り、ユグドラーシルは、正式の生徒と教員と、一部の出入りを認められた者しか自由に出入りできない。どうやって中に潜入して、美弥乎姫の指輪の持ち主と接触をとるかだね」
「あーめんどくさい・・・。全くあたしんとこはけっこう出入り自由だって言うのに」
「辺鄙なとこにあるから滅多に生徒以外の人なんか来ないだけじゃないか」
「うっさい。ユグドラーシルはなんだって」


「なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


突然のドレトの絶叫に、レフラは前につんのめり、エクセルは口に含んだコーヒーを吹き出した。


「あぁぁぁ!あたしのクッキーがコーヒーでべしょべしょじゃん!汚ーっ!何してくれんのよエクセルのド馬鹿ー!!!」
「おおお落ち着いて不可抗力不可抗力!ぐぇぇ」


がしゃん。


受話器を置く音が、レフラ達の騒ぎに紛れて部屋に響く。
くるりっとドレトが振り返って二人に向き直る。


「いや〜大変なことになった」
「ちっとも大変そうに見えないわよ。なんでそんなにノンキそーな顔してんのドレト先輩」
「え、やぁこの顔は生まれつきで」


会話をする前にエクセルの胸倉から手を放してやれ。レフラ。このままだと首が絞まって窒息だ。

「で、何事なんですか?」
「うん。本部から警告が来てね」
「警告?」
「そのーなんつーか」
「はっきり言おうよ先輩」
「まあまあそんな怖い目しないでレフラ・・・。どうも、ウチんとこが輸送してる荷を狙ってる連中がいるらしくて」
「荷?」
「おおっとその辺は気にしなくていいから。そうじゃなくて」

レフラとエクセルは、さっぱり理解できてない。
ドレトはしきりに首をかしげながら頭をかく。

「聞いたことないかい?・・・アルティメイト四連邦の中枢をひっくり返そうとしているというクーデター組織がいるとかいないとか」
「くぅでたぁぁぁぁ???」

ドレトの囁くような小声会話を無視して、レフラがすっとんきょうな声をあげる。

「なんつー古い言葉使うんっすかセンパイ」
「あー!!!もう笑わないでくれよ他に言いようがないんだから」
「いつの時代の三流ドラマですかしかもダサ」
「僕は真面目にお仕事してるんだ!!!」

擬態語をつけるとすれば、げらげらげらって感じでドレトをおちょくる卑猥な笑い声を上げ続ける。
もうこれは言葉が面白かったというかからかうことを楽しんでる以外に無い。
冷静男エクセル、遊ばれている哀れな先輩に助け舟を出してやれ。

「あーなんかそういう都市伝説が復活したような話を聞いたような気がなくもない・・・」
「だから僕は真面目にお仕事してるんだってば!!!どうせ上から命令だの小言だのが来たら、頭下げながら聞くしかないんだ悲しい中間管理職なんだうわぁぁぁぁぁぁ!!!」

あーあレフラが泣ーかせた。

「はん、どーせそんなの、ハイスクールの暇な学生が広めた根も葉もない作り話でしょ」
「僕だってそう思うよ」

ドレトがやっとこさ反論する。

「クーデターなんて非現実的な大昔のサーガじゃあるまいし。一等星位の魔道師総督達が守りを固めている今の国政をひっくり返そうなんてね。アルティメイト中の魔道師を寄せ集めでもしない限り無理だろ。・・・とは言っても・・・クーデター云々はともかく、最近どうにも治安がよくないのは事実でさー。気が抜けないよ」
「大変ですね〜。ところでよければコーヒーをもう一杯」
「あ!じゃあさ」

レフラが、ばさあっとマントを翻し、客用ソファにふんぞり返る。
にやっと笑いながら、ツイっと突き出すのは広げた手のひら。

「いくら払う?」
「はい?」
「あたしの裏家業は知ってるっしょ。護衛・探し物・害獣駆除、何でもござれのよろず屋魔道師だもんね」
「ちょっちょっちょっ!」

ドレトとエクセルはそろって目を丸く見開き、レフラはぺロリと舌を出す。

「もしさー、ココを狙ってる輩がいるとして、あたしがそれを成敗してあげちゃったとしたらいくらくれるー?」
「ああやっぱり・・・・・・」
「ダメダメダメー!第一そんなの経費から落ちないし、そもそも正式な仕事でもないだろ、いやそれ以前にまだ魔道師でもないだろレフラ?!」
「かったいこと言わない言わない。乗りかかった船じゃないのさホラホラホラ」

どこの悪徳商人だ。お前は。
が、突如、風船が破裂するかのように不意に声が。

「おーあーいにーくーさーまーでーすーーーう!!!」

一体どこから聞こえてきたのか。
レフラは一瞬、ドレトを追い詰めた棚に飾られてた、羽の生えた猫の置き物(かなり悪趣味)が口を聞いたのかと思った。

「さっきから黙って聞いていましたら、いましたら!もぅ、業務妨害ならご遠慮してますよぅ!私たちだって忙しいんですから」

しかしそれは違った。
信じられないほど背の低い人間が足元にいて、レフラを怒鳴りつけたのだ。

「まったく、ドレトさんも、どうしてそんなに優柔不断なんですか」
「ええ、い、いや僕はいつだって懸命に仕事を」
「口ばっかりなんですよぅ貴方は〜!見てるほうがイライラするではないですか」
「そ、そんなぁぁそりゃないだろホプリくん」
「んん、何、このちっちゃいの。いつからいたの?」

思わずぽろりとこぼした言葉に、二等身の大きな頭が振り返り、大きな紫色の瞳が睨みつけた。

「まーあ!なんてなんて失礼なのでしょう、貴方がたにお茶を入れて差し上げた時から馳せ参じてましたのですよぅ!私があんまり小さかったからって見えなかったなんて言うつもりなのですね!みぃー!女は背じゃないのですよ胸じゃないのですよぅー!」

なんだか勝手に憤慨して、ぴょこぴょこ飛び跳ねる。
それでもレフラの目線に全く届かず、それが悔しいらしく、丸っこい頭から湯気でも立ち上りそうな勢いである。
うーん二等身。

「まぁまぁ、そうカッカしないでホプリくん・・・それより、何か用があって来たんじゃないのかい」
「はぃっ!接客中失礼いたしますが、メラがですね、許可証も無しに運搬貨物室に入ろうとしている人を見つけましてですね、今、総合管理室にて事情聴取してるんです〜」
「何ッ!」

そういう大切なことは先に言え、と言わんばかりの勢いで、ドレトが顔を引き締めて立ち上がる。

「それは困るよ運搬貨物室の警備はもっとちゃんと、何しろ・・・、あ、いやいや、ともかく、今はここの責任者は僕なんだからね、今そっちに向かうよ」
「はぁい。お願いします」

ドレトは部屋を出かけて、はたと思い出して一旦レフラ達の方に向き直る。


「すまないけど、ユグドラーシルまでの空路交通パスポートの発行は、こっちを片付けるまで待っててほしいよ、レフラ」


ああ、そういえばそんな用件で来たんだったっけ・・・。
ナッツの入ったパウンドケーキを口に運びながら、レフラは、やっと本来の目的を思い出した。
振舞われた豪華なお菓子に気を取られて、うっかり仕事を忘れる所だった。
アルティメイト中心区『ウィズドム・コア』にあるユグドラーシルまで行くために、空路『ビフロスト』の通行許可証を公式に発行してもらわなくてはならない。
はあー、めんどくさいんだ。これがまた。


とりあえず、パウンドケーキの残りの切れっぱしを、口の中に押し込む。
そしてむんずとエクセルの腕をつかむ。
弾みでエクセルが飲みかけのコーヒーで舌を火傷したようだが、気にしてはいけない。


「な、あたし達もついてくよ」
「え、えぇ?駄目だよレフラ、ドレトさんの仕事の邪魔に・・・。それにたった今ここで待ってろって」
「後ろから見てるだけだって。面白そうなことには首突っ込んで見たくなるのがあたしのチャームポイントだっつーの」


チャームポイントという言葉を誤解してないか?と激しく疑問に思いつつも、エクセルは仕方なく、飲みかけのコーヒーに別れを告げなくてはならないようだった。


勝手なんだからもぅ。
ま、慣れてるけど。






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