ぴるるるる ぴるるるる
「んぁ?」
オーディーン学院、自習室。
レフラは間の抜けたメールの着信音に起こされた。
「っなんだよもう〜・・・」
機嫌悪そうに、ばらけた髪をぐしゃぐしゃとかきあげながら、手元に置いておいたミニケータイを開く。エクセルが別れ際に、連絡手段として渡してくれたアイテムだ。見慣れない、目がチカチカするような電子画面に、文字が浮かび上がっている。
ボタンで画面をスクロールしながら、とりあえず全文読んでみる。
『やぁレフラ。補習は順調かい?(笑)
僕は今アスガルドにいる。いろいろ役に立ちそうなアイテムが入手できるように頑張っているよ。ユグドラーシルへの空路は万全に調査しておいたから、こっちはノープロブレム。レフラさえ問題なければすぐにでも行けるよ。君の所の厳しーい学校長が君を自由にしてくれたら、迎えに来るからケータイで連絡よこすんだぞ。じゃ、健闘を祈る』
「エクセル・・・」
『(笑)』を見たあたりで、ケータイ投げ捨ててやろうかと思ったけど、弁償しろとか言われると困るのでやめておいた。
・・・こいつ、おちょくっとんのか・・・?
ぜんっぜん順調じゃないですよハイそのとーり。
またしても、押しつけられた課題の上にヨダレたらして爆睡してたわよ。乙女の恥じらいも何もあったもんじゃないっての。
ふと窓を見ると、蒼蒼とした空が見える。
いつのまにか陽が高くなったな。今何時だろ?
部屋の片隅に添えつけられた、金の置時計を見る。
星図をごちゃごちゃと書き込んだ文字盤の針を見ると、『蒼陽の刻T』とある。
あーもう昼になってら。
ちなみに、ケータイの時計機能を見ると、a.m10:00という数字と文字が出ている。
アルティメイトは地域によって時間の表示の仕方が違うので時々ややこしい。
とりあえず、蒼陽の刻になったら来い、との指令だったので行かなくてはならない。
この課題を出してくれた張本人・・・学校長、イザベラ=オーディーンのいる校長室へ。
制服に着替えなおすのは面倒なのでこのままで行こう。
どーせ課題もできてないし、今更服装くらいでぐだぐだ言われはしない。
それでも、マントを羽織り直しながら、冷や汗が流れてくる。
はぁ・・・今日は何を言われるだろう。
・・・・・・・生きて帰れますように・・・・・・。
学舎からやや孤立した、ひときわ高くそびえる塔。そこが、イザベラの私室兼校長室になっている。
レフラは階段を上り終えると、扉と、黒いカーテンをくぐりぬける。
妙な香りが漂っている。どうやらまだ儀式中だったらしい。
部屋の中は暗黒に包まれていた。
もとい、部屋の中には、擬似的な星空が出来上がっていたのだ。
イザベラの得意とする占星術。
世界を包む星の瞬きを降臨させて、己の眼で軌道を読み、星が導く運命を占うという。
プラネタリウムのような空間の中心に、彼女は佇んでいた。
細い肢体に、流れるような光沢の絹の衣装をまとい、黒いヴェールを被った女性。肩から背へと長く流れ落ちる髪は、月光のようなプラチナ・ブロンド。
中央にすえられた水晶に布が被せられる。
途端に、すうっと星の瞬きが薄れて消えていく。
しゃっ、という音がして、カーテンが開かれた窓から明るい陽の光が差し込んで、本来の部屋の姿を照らし出した。
「おやまぁ、儀式が終わるまで待つくらいのささやかな分別も、あなたは持ち合わせていないのかしら?、レフラ」
険のある声が、ヴェールの内から発せられる。透けるように見て取れる、彼女の青い瞳が、レフラを睨みつけている。
「ええ、私をお呼びでしたので、あなたを待たせては悪いと思ってこの通り急いでやって参りましたよ、おかーさま」
皮肉には皮肉、と言わんばかりのふてぶてしさで対するレフラ。
「ここでは校長とお呼びなさいと言いましたでしょう」
つんとした態度で、イザベラは、水晶やらお香やらを片付ける。
「うう・・・これ何?変なにおい」
「何を言いますの。最高級のマリマンティカの樹皮のお香に。つい先日の薬学の授業でも教えたばかりのはずじゃありませんの」
「おおーなるほどー、そういや嗅いでるとなんだか魔力が高まった気がするかもー」
「マリマンティカは、葉を煎じて使うものですよ」
「・・・・・・・」
「クーシー。お仕置き」
「はぁい♪」
がぷ
「ぎゃーーーーーっ!!!」
小犬姿のクーシーに、痛々しくじゃれつかれ、叫びまくるレフラ。
イザベラは頭を抱えている。
「ついでに、マリマンティカの効能は、魔力向上ではなくて、抗魔作用・・・。全くお勉強できていないわね」
「イタイ痛いいたいいたいってばーーーー!!」
「それだから、あなたの星獣は未だに眠ったままなのですよ!」
ぱちん。
イザベラが指を鳴らすと、突然、レフラの頭の上に、ぽちょーん、と、小さな獣が落ちてきた。
「げ」
「せっかくあなたのために上質のものを見繕って与えたというのにあなたときたら」
「上質の、ねぇ・・・。星獣をハムか何かみたいな言い方するの、よそうよ」
「おだまりなさい!」
レフラは、頭の上でへばっている自分の星獣を抱き上げる。
灰色のヌイグルミのようなそれは、まだ『星獣』と呼べるものではない。
星を持たないのだ。
しげしげと見ると、だんだん、その醜さが哀れに思える。
でっぱりにしか見えない、四つの突起。手足。
背にも、骨が余ってくっついたような不恰好なこぶがある。
早産の胎児に似た生物。
それが、この世界「アルティメイト」で、『星』の恩恵を受けずに生まれた命の成れの果てだ。
しかし『星』を持たないということは、魔道師の力によって、特定の『星』を故意に宿せる可能性があるということだ。
そうやって魔道死は魔力の媒体として星獣を飼いならす。
それがオーディーン流魔道、最も古来から伝承されるという魔法の使い方だ。
「お聞きなさいレフラ」
黒いヴェール越しに、青銀の瞳が鋭く光る。
「3日としましょうか」
「な、何が」
「執行猶予に決まってるでしょう」
「は!?」
「3日以内。それまであなたの星獣に『星』を降ろし、オーディーン流魔道術を使いこなせるようになりなさい。さもなくば、無事に卒業して一人前の魔道師になるまで、このオーディーン学院の特別研修室に閉じ込めます」
レフラの中に落雷が落ちた。
ま・・・・・・・待てや・・・かぁさま・・・・・・
特別研修室って、聞こえはいいけど、牢獄じゃんか・・・・・・
あんな逃げ場の無い高い塔の一室の閉じ込められて、貴重な青春の1ページを過ごせというのですか〜!?
「とりあえず、アスガルドの少年からあなたが借りていた無粋なアイテムは私が没収します」
「そ、そ、そ、それも使っちゃダメなの!?」
「当然でしょう。そもそもマジックアイテムは、天性の星の才が乏しい庶民が、生活に不自由することの無いように、魔法工学の進歩によって開発されたものです。誇り高いオーディーン魔道師が使うものじゃありませんのよ」
「いやぁさ、あたしも多分才能乏しいかなーなんて思うんだけど」
「聞き苦しいことをいうんじゃありません!あなたはゆくゆくは、オーディーンの名を名乗り私の後を継いでアルティメイトを背負うという義務が」
「あ、もしもしエクセルー?そろそろ区切りつきそうだから、迎えに来てくんない?」
イザベラのお説教をさっぱり無視して、レフラはケータイで交信中。
「・・・どうやら3日と待たずお勉強が必要なようねぇレフラ」
「まーまーまー、そうカタイことおっしゃらず。あ」
あっさりとレフラの抵抗もむなしくケータイは取り上げられてしまった。
・・・叩き壊されなかっただけありがたいけど・・・・・・。
「そうしてあげたいところだけれども、残念ながら先日の会議が滞っていてあなたにかまってもいられなくて」
「おぉ〜そりゃあご苦労様です〜」
全っ然気持ちのこもってない口調でレフラが生返事をする。
「クーシー、あなたは彼女について、ちゃんとレフラがお勉強してるか見張りなさい」
「はぁ−い♪」
「げげっ!?」
白い小犬が、憎たらしくもパタパタ可愛らしく尾を振る。
こいつぅ・・・なんとか懐柔できないものかな。
ま、そのために一応、手は回してあるけど。
イザベラが去っていく足音を、鬱々と背中で聞きながら、レフラはイザベラが指定した自習室へ向かう。
半歩後ろでは、人の姿になったクーシーが、にこにこしてついてくる。
「ふふふー、レフラと一緒にお勉強〜」
「あのな・・・『一緒に』じゃないの。勉強しなきゃいけないのはあたしなの」
「えー、そんなことないよぉ。だってホラ、このカッコになってるときは、ボクだって、ここの学校の生徒だもん」
くるり、と、身につけている制服を見せるようにレフラの前で回ってみせる。
高位の星獣が、人に化けるのはよく聞く話だが、人に成りすまして魔道の勉強するなんて聞いたこと無い。
よほど人好きなクーシーだからこそだ。
「お勉強楽しいのにさ〜。なんでそんなにイヤなのレフラ」
「だーっ!もぅ!あんたが言うと皮肉にしか聞こえないっての!あんたは星獣だから、本能的に魔法の仕組みがわかっちゃうのよ!あ・た・し・は、違うの!ごちゃごちゃしてて、覚えられない以前にワケわかんないんだから!」
ばんっ!と、個別自習室の重いドアを開け放つ。
筆記具と参考書、資料が完備されていて、レフラはこれを見ただけでもう逃げ出したくなった。
・・・人間の頭の中に、こんな何十冊分の容量が、本当に入るというのだろうか。
「頑張れレフラー!」
「はいはいはい!やりゃあいいんでしょ〜」
クーシーが、どさどさと棚から参考書を持ってきてはレフラの脇に積む。
やらなきゃいけない最重要な科目は、アルティメイト語学、星図歴史学、元素学(・・・えっと、平たく言えば「数学」とか「物理」とか「化学」とか総合した学問)、魔法幾何学、星章術学。
これが、オーディーン学院三年生のカリキュラム。
一年生で、語学の基礎、すなわち文字と基礎文法を習う。アルティメイトの有史以後の歴史と地理を習う。数学・物理・化学等を習う。
そうして、まず、自分達が息づく世界の形を認識する。これが魔道学の基礎となる。
二年生で、魔法がアルティメイトを支える仕組みを習い、三年生で実践に入る。
そうして、先ほどあげた基礎科目が、いかに魔法の作用・発動に関わるかを教え込まれる。
アルティメイトを覆う透明な空のドームの向こうから降りる星の光が、この世界の全ての命、全ての力の源である。
言葉は、見えないものを具体的に象徴し、過去から未来へと移ろう時の流れが世界を動かし、この世界に存在する全ての要素は互いに絡み合って構成され、そして、魔法はそれらの世界の法則の中から生み出される。
魔道師は、万物に星が宿した光を見出し、使いこなし、世界を支えるのが役目である。
ここに入学して以来、耳タコで聞かされてきたことだ。
レフラは、机にうつ伏せになりながら参考書をめくる。
そもそも基礎からしてつまづいているのだ。
世界の構成がどうとか言われたところで、どうしても頭がザルになって何も残らない。
語学はある程度できるのだが、魔法学になると、現在日常では使われないような古い言語が混ざってくる。
そうなるともうお手上げで、頭もノートも真っ白だ。
元素学なんて、問題外もいいとこで、自分は数字にたたられてるんじゃないだろうかと疑うほどだ。
わけのわからない記号と数字の羅列と睨みあっていると、吐き気すらこみあげてくる。
この辺の基礎ができてないと、魔法の実践はかなり難しい・・・。
レフラは早々にダウンした。
「もぉダメ。わけわかんない・・・・・・」
魔法陣が組み合った幾何学を解読することができず、レフラはげんなりとして机に突っ伏した。
「えええ〜?なんで〜?」
クーシーはおろおろと机のまわりをうろついてレフラを見ていた。
「なんでって、わかんないもんはわかんないもん。頭真っ白になる」
「おかしいよそんなの絶対!だって、レフラはイザベラ様のお墨付きじゃないか〜。毎年の“新星測定”だって、すごい記録だすじゃないさ」
新星測定とは、魔道師を目指す生徒が、入学時と以後毎年受けさせられるもので、いわば魔道の適性テストである。大抵の場合、その学校の責任者か、国から派遣される公務員の高位魔道師が測定する。
空に瞬く星の明るさが個々に異なるのと同様に、人にも、魔法の力が強い者と弱い者がいる。オーディーン学院では、先天的な星の才が一定の規定に満たないものは、入学さえ許してもらえない。
入学後も、人間の内なる星の光は変光星のごとく左右するものなので、学年が上がるごとに測定される。それによってクラス分けなどに影響する。
通常、生徒の成績と、新星測定のランクは相関関係になるはずなのだが、レフラだけ異例なことに、成績は地を這いずりながらも新星測定のランクはトップクラスにいる。
これだけいい加減な学生生活を送りながらも、退学もせず無事に進級もクリアしてきた理由はそこだ。
「まあね〜、あたしにもなんでかわからないけど」
「だからイザベラ様だって、レフラは将来すっごい魔道師になるって期待してるんだよ〜!」
「いや、あの人はとりあえず跡継ぎが欲しいだけだって。多分」
ふと、レフラは思い出した。
さっきの、自分の星獣。
ポケットに押し込んだのだった。
あ、よかった、生きてる生きてる。
しかも寝てら。
星を持たない星獣は、“プレ・ステラ”と呼ばれる。星獣とは呼ばない。
気高い星獣も、光の恩恵がなければ、こんなにみじめな生き物なのか。
「クーシー、あんたも、こういうプレ・ステラだったときがあるの?」
「さぁぁ?そんなの覚えてないよ。ボクは、気がついたらボクだったから」
「生まれたときから星獣だったの?」
「かもしれない。でも、よくわかんないや」
不恰好な、プレ・ステラ。
ただ、醜いから哀れなんじゃ、ない。
彼らは、生まれるんじゃなくて、『生み出される』ということを知っているから。
星獣であるクーシーには、言えない。
魔道師が持つ星獣の多くは、地下層に生息していた生物だ。
地下層は、貧民と、魔物の住処。星の光が届かない場所。
プレ・ステラは・・・貧民達が、狩っては上層部に住む魔道師に売りつける。
魔道師はその星獣を利用するだけだ。
星を宿せなかったプレ・ステラは、処分される。
放っておいても死んでしまうだけだから。
最悪の場合、ゴブリンに育って凶暴化するから、そうするしかない。
星は、どうしてこんなにも、この世界の生き物を差別するのだろう。
神だ。『星』というものは。
光を与えるか与えないか、それだけで、生き物の形を変えてしまう。
人の生き方を決めてしまう。
私達は、星に恵まれて生きているのではなく、縛られているのではないだろうか。
レフラは、灰色の皮膚をしたプレ・ステラを指先でつつく。
「なぁ、お前、何の星なら持てるんだ?」
プレ・ステラは、眠っているのか、転がったまま動かない。
レフラは、星章術学の参考書を広げる。
そこには、多数の星図や星の名前が載っている。
天には無数の星があり、それぞれが魔力を持つ。
北のただ一つの星を中心として、この世界の空をめぐっている。
主として八十八星座。
近年では、星座開発学という学部が、『ウィズドム・コア』のユグドラーシル学院で設立されて、現在二五一の星座が登録されているが、古来よりアルティメイトに伝わるのは八十八の星座だ。
剛健な獣や英知の象徴をかたどった星座だ。
あたしの中には、どの星があるんだ。
それを見出さないと、魔法は使いこなせない。
先天的に生まれ持った魔力の形。
どの星座が、あたしの星座なんだろう。
こんこん。
扉がノックされる音。
この物静か〜な叩き方は、イザベラとは違う。
「レフラ、私よ。心やさしーいあなたのお友達が迎えに来てあげたわよ〜」
彼女の甘ったるい猫なで声が、今日ばかりは天使の囁きに聞こえた。
「来た来た来たぁっ!!!待ってましたメリザ〜!!!」
どばたんっ!と勢いよく戸が開け放たれる。
おやおや。メリザだけでなく、もう一人ついてきていたようだ。
「ぬぁにがキタキタ〜だよ。万年落第生が」
「うぇ、エヴァもいたの」
二人いるうちの、蜂蜜色のおさげ髪の子が、面倒見がいいことで評判のメリザ=レイピッド。
もう一人の、長身で赤毛の女がエヴァ=シャイレーン。どちらもレフラの同級生だ。
実は、オーディーンに帰って、即こんなこともあろうかと手を回しておいたのだ。
まずは予想通り、クーシー、焦る。
「だっ、ダメだよレフラぁ、お勉強しないとイザベラ様が」
「はぅぁっ!クーシーちゃん可愛いー!!」
だきっ。
メリザが頬を高潮させてクーシーに抱きつく。
実は彼女、ショタコンで、可愛い少年に目が無い・・・・・・。
加えて、小動物の扱いはお手の物だ。
「あ、メリザおねーちゃんだ♪」
「あのな、クーシー、あたしはな、逃げるんじゃないの。この二人に勉強教えてもらいに行くの」
レフラはぽんぽんとクーシーの頭を撫でる。
「学校長も、『勉強しろ』とは言ったけど、ここ以外の場所でしちゃいけないとは言ってないだろ」
「そうなの?」
「そうなのよクーシーちゃん」
メリザがにこにこしながら答える。
「私とエヴァは成績はトップクラスだもの。大丈夫大丈夫」
「自習室で四人もこもるのは狭すぎるなー。場所移そうや」
エヴァは目をそらしながら空々しく言う。
・・・ええぃ!もうちょっと真面目に演技してよ、エヴァ!
「私はもう少しクーシーちゃんと遊びたいわ。会ったの久しぶりなのよう」
こっちは演技ではなく本音なので問題ない。
さっそく、うきうきとクーシーの長い髪を可愛らしくいじりはじめている。
「ね、いいでしょクーシーちゃん?遊びましょ遊びましょ?」
「うんっ!遊んでもらうの好き〜♪」
「それじゃあ仕方ないなー。あたしらだけで行こ。エヴァ」
「おー、オレの授業は高いぜ」
ばんっ!
二人で力いっぱい自習室の扉を閉める。
そしてがしっと手を組んだ。
「ちょろいな!」
「恩に着る!エヴァ!」
「はははん、いつものことだから。でもオレの協力は高いよ!?」
「後でメシおごるって!」
やっかいなお目付け役のクーシーも、ちょいとうまく飼いならすことができればこんなもんである。
というか、あいつは精神年齢が子供並みでやたら率直単純なのだ。
二人でだかだかだかっと校内の人気の無い通路をかける。
「で、今何の仕事してんの」
「ちょっとした探し物。ユグドラーシルに」
「へぇ、なんかあそこ、いい噂聞かないけどな」
「平気平気」
「報酬入ったら、学食のメンチカツS定食三食分だからな。メリザも一緒」
「はぁ!?メリザの報酬は『クーシーで一日遊び権』じゃないの!」
「あれは付録みたいなもんだろ」
ったく、この二人は、協力的で頼りになるけど、ちゃっかりしてるわ。
「レフラ、アンタの旦那は?」
「多分もう来てると思うけど。・・・って!アレは旦那じゃないって!!」
「二年近くこんな関係続けてて、よく言うよ」
イザベラが不在でよかった。
ここまでくれば、抜け出すのも楽勝だ。
「あ、エヴァ、ちょっとここの壁越えるの手伝って」
「ああん?裏門まで回ればいいだろ」
「んな面倒いことヤダ」
「ったく、デザートにビッグプリンな!」
そう言って、エヴァは腕をかざす。
「『春夜の猛き爪の王 汝の四肢を携え 派せよ』!」
エヴァの右肩に、赤い光の文様が浮かび上がる。
これは『ステラ・タトゥー』と言って、『星』を示す紋章だ。
エヴァの星獣は、“獅子座”。
金色のたてがみを持った獣が召還され、レフラを乗せて軽々と飛び上がる。
「さっすがぁ!」
「はははどーだ!オレの魔法は!レフラ、アンタも遊ぶのもいいけど適当に頑張れよ!卒業試験は手伝ってやれないんだからな!」
「エヴァ!」
「なんだよ?」
「あんたってガラにもなく甘党?(笑)」
「やっかましい!さっさと行け!」
「はいはーい」
と、レフラがエヴァに背を向けると、
ばさあっ
銀の翼が目の前で閃いた。
おぉぅ、じゃすとタイミーング♪
「おしゃべりはそのくらいでOKかい?」
待ち構えていたエクセルが、普通の女性ならトキメかずにはいられないような笑顔でレフラを出迎えた。
が、念のため言うが、レフラはちょっと『普通』とはズレているので、この程度のエクセルの笑顔くらいではトキメかない。
「おおっ!エクセル!サンキュ!」
レフラの身は勢いよく宙に躍る。
着地したのは、高く舞い上がり行くドラゴンの背の上。
「土産よろしく〜ぅ!」
星獣と共にレフラを見送るエヴァの姿が、ぐんぐん遠ざかる。
どんなに離れても、彼女の紅の髪は、地上に燃え宿る小さな灯火のように目立っていた。
そして、代わりにに近づくのは、空の青、そして風。
レフラのブロンドが大きくなびき背中で暴れ、波打つ。
はーっと大きく息をつくと、今度は深く息を吸いながら思いっきり背筋を伸ばす。
たったこれだけのことで、レフラのセピア色の瞳は、何倍も輝きを増す。
「ふーっ、やっぱこうでなくっちゃ!」
「おいおい。とは言っても、どうせまた脱走だろう?大丈夫?」
「なんとかなるって!明日は明日の風が吹くってゆーし!あんなかび臭い自習室になんか閉じこもってたら、丈夫なあたしの骨が湿気ちゃいそうだわ!」
陽は既に高く昇り、空は白く、まぶしい。
* * *
カツカツカツ・・・・。
曇り一つなく磨きぬかれた大理石の上を、ヒールの音が高く響く。
なんとなーく、この音が好きである。
イザベラは。
おほほv
いっ、いや、高級趣味に浸って自己満足している場合ではありませんでしたわね・・・。
何しろ、重要な会議だもの。
心を打ち据えて挑まなくては。
念のため、ぺろっ、と、こっそりヴェールをめくって、手鏡で顔を確認する。
パチン!
この、手鏡を閉じる音も好きだわ。
ふっ、準備はよろしくてよ。
オーディーンの、生徒は出入りを許されない奥の奥。
会議室は、その大広間。
その中央に据えられているのは、藍色のオパールのような球体。
ガラスの光沢と、宇宙の闇色を含む色彩。
この中が“会議室”だ。
いくらか時は瞬いて、奇怪な球体は、自分の内に居合わせるべき人間の、最後の一人を待ち続けていた。
やがて、ようやくその一人が、マヌケな弁解を口にしながら、とろとろと駆け込んでくる。
時代遅れなスーツ姿で、灰茶色の髪を背に流した、年齢不詳の優男。
「や〜ゴメンゴメン、遅くなっちゃったよ〜」
ここで何を言っても、誰にも聞こえてないだろうに。
そして彼は、一旦立ち止まって襟を正すと、すっと球体に手を触れた。
こうすれば、“この会議に居合わせるべき”と事前に登録された人間のみが識別され、内側に入れる仕組みなのだ。
背景が溶けるように、自動的に誘われる。
空間がつなぎ合わされてたどりついた“会議室”の中には、既に彼を除いた全員が顔をそろえていた。
皆の視線の、痛いこと痛いこと。
「グッモーニ〜ン・・・あは」
真面目な場での、大の大人のセリフか。それは。
「またあなたですか・・・レオドさん」
『コア』の総督補佐、セラトがため息をもらす。
身長が小さいので、テーブルに隠れて髪の先しか姿が見えていないが、今日も行儀よく、総督に従事してついてきたらしい。
遊びたい盛りの年齢の彼には、長時間じっと待つというのは、なかなかの苦行だろう。
「オッサン、ちょー遅すぎィ〜」
派手な化粧をした褐色の肌の女性が、露骨に彼を睨みつける。
彼女は、エセセヤといって、東の総督だ。
「おいおい、君には言われたかぁないな。いつもなら君だって遅刻の常習犯じゃないか」
「そーぉ?あたしィ、昔のことは忘れる主義だしぃー」
といって、目もあわせずに引き続き『ケータイ』をいじくっている。
礼儀も愛想の欠片も無い。
まったく、東では、変なアイテムが流行っているものだ。
「真っ先に謝罪を述べる相手をお忘れじゃないですの?何のために私が、こんな厳重な空間を用意していると思うのです」
冷ややかな刃のような声。
美声である分、ましてや、その表情が見えない分、イザベラの静かな怒りは尚怖い。
「これはこれはご無礼いたしましたマドマゼル」
・・・・・・・更に悪いことに、彼の場合、真面目にしててもふざけているように見える時があるので、横でやり取りを見ている方が、怖い・・・。
「西の総督、レオド=チャコール、遅ればせながら見参致しました」
「・・・ま、よろしいでしょう。しかし規則どおり、罰金はいだだきますわよ?後ほど、『プレシャス・ユーロ』に請求書を送りますので」
「・・・・・・・・・・はい」
ずずずずず
一人存在感の無い、『コア』の総督、キゾが生気無く茶をすする音が、やけにレオドの耳に障ったのであった・・・。
ともかく、これで予定されていたメンバーがそろった。
あえて言うなら、イザベラは、北の総督補佐役として、娘のレフラを傍らに据えたかったが・・・あの子のやる気の無さを見ていれば、とても話にならない。
ああ頭が痛い。
アルティメイトは、美月竹国などの六つの自治国を除いて、全ての領土は四つの連邦国に所属する。
アルティメイト大陸の中央に位置する『ウィズドム・コア』を主として、
北―『ブライト・ノース』
西―『プレシャス・ユーロ』
東―『レリジャス・オリエント』
の四地域だ。
ちなみに、『南』と呼ばれる地域は、荒廃した土地で人が住むことはできない。
今回集ったのは、その四世界の代表、アルティメイトを総べる中枢である。
イザベラの主催で、アルティメイト四大総督会議の幕は落とされた。
「西では近年、全体的な生産力が高まってますわね。地下の民も豊かになることでしょう」
「いやいや、北には及びませんよ、イザベラさん。私の土地も、あなたが管理する都市のようにもっと地上に住む人間・・・魔道師が増えるといいのですが」
会議、といっても、円卓を囲みそれぞれ飲み物を片手に語る様子は、まるで世間話をしているように和やかだ。
イザベラは、書類を並べる代わりに水晶玉に手をかざし、直接他地域の統治状況を謁見している。
レオドはいつも、必要な書類は事前に目を通して全て暗記してしまうので、この場に書類は置いていない。
「『プレシャス・ユーロ』にも、他の地域と同様にもっと学術都市を増やすべきです。そうすれば、先天的に魔術の才に恵まれない民も、地下で土を耕す以外の生き方が見つかるかもしれません。ユグドラーシルがいい例ではありませんか」
「はは。耳の痛いお言葉です。えぇ、今後はもっと留学を盛んにさせるつもりではあるのですけどね」
「留学といえば」
イザベラは、水晶玉に手を乗せたまま、目線を、東の総督・エセセヤに向ける。
「東がこの頃積極的なようですね。どのような方針のおつもりですこと?お伺いしましょうか」
エセセヤは、だらしなく頬杖をついて、ジャスミンティーのストローに口をつけている。
右の手元には、書類代わりのポケット・コンピュータ。
「んー、別にぃ。ウチんとこの連中が勝手にやってるだけだしぃ。アレじゃん?あたしンとこって魔法の形式とか古臭いから〜、みんな目新しいもんがほしいだけじゃない?」
ヤル気なさげな彼女の態度は、いつ見ても気に食わないが・・・いちいち気にかけていると話が進まない。
イザベラもレオドも、大人のポーカーフェイスで取り繕っている。
彼女は、二年ほど前に総督の座についたばかりの新任者なのだが、<神秘の東>と銘打たれる『レリジャス・オリエント』の代表が、どうしてこんな小娘なのか謎である。
世も末である。
しかし、東には“竜神の国”と呼ばれるアスガルドがある。
『レリジャス・オリエント』の北側に位置する、天空に浮かぶ学術都市が築き上げた、優れたエンジニア技術は、アルティメイト一の学術都市・ユグドラーシルでさえ遠く及ばない。
その代わり、六つの自治国のうち三つが東に位置するためか、何かとトラブルの絶えない地区であることも事実だが。
「『コア』では・・・」
ふと、イザベラが、キゾへと話題を向ける。
百歳以上の年輪を重ねたと見られる風格の老人は。
・・・まるでご臨終のように微動だにせず眠りこけていた。
パリンッッッ!!!
イザベラの素手の中で、水晶球が粉々に握りつぶされる。
「ほほほ・・・、どいつもこいつも無礼極まりない・・・」
「どーどーどー、抑えて抑えてマドマゼル、ご老人は大切に」
どす黒い怒りのオーラを立ち上らせる彼女を、レオドが必死でなだめていた。
これも、四大総督が集まるたびに見られる光景だったりする。
「もっ、申し訳ありません、大変失礼いたしました!」
息を切らしたあどけない声がした方を見ると、キゾの曾孫のセラトが、小さな体で必死になって椅子を抱えてきている。
よじよじよじよじ。
それを使って一生懸命机の上まで登り、ぺたん、と、書類の前に正座する。
「曽祖父は、体調が優れないとのことなので、不詳ながら、ぼくが代役を務めさせていただきます」
途端に、顔がキリッッと引き締まる。
「・・・・・・あんたも大変ねぇ〜」
エセセヤでさえ思わず同情してしまう。
「いえ!もう五歳です。このくらいのことができなければ社会人として失格ですから」
「あっそ・・・・・・」
大した子供だが、可愛げは無かった。
そして、あくまでも事務的に、コアの近況を報告する。
論文は実に立派なもので、報告書として申し分なかった。
幼児特有の舌足らずな発音のせいで、ところどころ聞き取りにくくもあるが、まぁ、この際目をつぶってやろう。
彼がもし、キゾの曾孫ではなく、息子かせめて孫であったならそれはそれは頼もしい総督補佐に違いなかっただろうに。
いや、もう既に、キゾよりよっぽど年はかないセラトのほうが頼もしいかもしれない。
それにしても、舌の回転より頭の回転の方が速い五歳児というのも・・・なんだか納得いかない気がする。
「『コア』での統治状況、及び、今後の方針についてのご報告を終わります。・・・・・・ところで・・・・・・・」
ぱさり
手に持っていた書類の束を置く。
「・・・・・・イザベラ総督、『本題』には、いつ頃入られるのですか?」
セラトの、どんぐりのように真ん丸な、それでいて恐ろしいほど聡明な瞳が、ヴェール姿の美女に真っ直ぐに向けられていた。
――誰かがそろそろ言うかと思っていたら、とうとう言ったか――
そんな感じで、時間差をおいてチラ、チラと、全員の視線が、会議の首謀者、イザベラ=オーディーンへと注がれる。
場の空気が変わったのを察して、ちょっと、セラト、怖気づいてしまう。
彼にとっては純粋な質問だったのか。
はたまた、若輩者が差し出がましいかと気が引けたのか。
「私もお伺いしたいですね」
助け舟を出したのは、レオド。
「あなたのご意向で、皆はるばる出向いたのですよ。ともすれば顔を合わせずともいいような互いの情報交換のために、こんな厳重な場所で会議をやり直したわけではないでしょう」
にやにやと、言葉の裏に何かひそませた、笑み。
わかっているくせに。
今回の会議の本意なんて、言葉にせずとも、ほぼ誰でも察している。
アルティメイトの四分の一を総べる者なら。近況を知らないわけがない。
黒いヴェールの内からは涼しい声が返ってくる。
「心外な。まるで今まで無駄話しかしなかったような言い方しないでいただけません?あなたやキゾ総督が主催すると、互いの報告でさえいい加減になってしまうではないの。まぁ、よろしいでしょう。この辺で」
がたん
彼女が椅子から立ちあがる高い音が、本当の意味でのこの会議の開会宣言だった。
「何を話し合うかは、ある程度ご察しのようね。これは、北とか東とか言う問題じゃない。アルティメイト全土に関わること」
素顔を隠す薄布が、彼女自身の手で払いのけられる。
よほどの話し合いをするときにしか現さない、素顔。
蒼い眼の眼光の鋭さには、誰でも圧倒されずにはいられない。
高い魔力の現われである、輝くプラチナ・ブロンドとその美貌は、さながら女王のようだ。
さぁ、これからが、ややこしい話し合いになるのだ。
イザベラは、球状の天井いっぱいに、まるでプラネタリウムのように『星』の動きを映し出す。
「アルティメイトを創造した神々の伝説は、決しておとぎ話ではない・・・。私の星読みがそう告げている」
静かに、詠うような口調で語りだす。
「私達が操る魔法の起源も、同じ所に答えが隠されているはず。この世界を担う中枢である私達が・・・クーデター組織の者どもより先に、事の真相をつかんでおかないと、今にアルティメイトの統率はひっくり返されるでしょう・・・・・・」
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