*
 9 *









やっと落ち着いたのは、すでに、どっぷりと日が暮れた頃。

だってこのままだと、足の踏み場もないんだもん。散らかりすぎ。
あたしとランダが入ってくる場所を作って掃除するだけで、だいぶ骨折っちゃったわ。
お父さんは、熱いミルクココアを入れてくれた。
丸太を切って作ってくれた椅子に座り、湯気を頬に当てていると、気持ちがほっとする・・・・・。
お父さんの温かさが懐かしくて、嬉しい。


「やっぱりラパーヤさんの娘だったなー、前、話に聞いてた娘さんと、こいつがそっくり同じだったからさー」

「はははは、記憶力がいいなぁランダ君は」


つまり、ランダはあたしのお父さんとちょっとした知り合いで、あたしのことは初めから、話を聞いて知ってたってわけね。
なるほど。それで興味持って、うろうろとあたしにくっついてきてたわけか。
にしてもこいつはさっきからぺらぺらとよくしゃべるわねぇ。あたしだってお父さんと会うのは三年ぶりなんだから、あたしにもちょっと話させてよ〜。


「ね、なんでお父さん、こんなところに住んでんの? どこかの町に出稼ぎに行ってたんじゃ」


お父さんは普段から、町で働いてて、半年に一度くらい家に帰ってきていた。けど・・・三年位前から、お金が送られてくるだけで、全然帰ってこなくなった。
何かあったのかなって、心配してたんだけど・・・・・・。
お父さんは、のほほんとコーヒーを飲みながら話す。


「それがねー、この森に入り込んだら、道に迷って出られなくなっちゃって、そのまま住みついたんだよー。はっはっはっはっは」


ずべしゃっ
あまりにも能天気すぎる返事に、あたしは思わずココアを落としてしまった。


「うきゃあああっ! 熱っあつあちちっ!」

「ははははははは。オーバーだなぁチアは」


そんなぁ、おとーさん・・・・・・・。
三年間も、一度も家に帰らずにさぁ・・・・・・。
そんなにのほほんと、さぁ・・・・・・・・。
元気だったから、まぁよかったけどさぁ・・・・・・・・・。


「ごめんごめん、今のは半分冗談。本当は、今やってる仕事が楽しくてね、ここを離れられなかったんだよ」


あー、そういうこと。(「半分」ってあたりがなんだか気になるけど)


「チア」


お父さんが、コトリとコーヒーのカップを机に置く。
薄い葡萄色の瞳が、まっすぐにあたしを見ていた。


う、なんか、言われること、予想できちゃう。


「お前を見ていて、いつかはそういう行動に出るんじゃないかと思っていたよ」


つまりこの、いきなり家飛び出した行動を言ってるわけね。
お父さんは家族の中で、一番あたしのことを理解してくれていた。口に出したことはなかったけれど、あたしのやりたいことなんか、とっくにお見通しだっただろうね。


「だって・・・・・・、やりたかったんだもん・・・・・・」

「家の仕事は?」

「タミカがしっかりしてるし、ケートも仕事してくれるし、心配ないよ」

「で、お前は?」

「えーと、遊んでばっかりじゃないけどさぁ・・・・・」


お父さんの目を見て話せない。体が固くなる。
ふぅ、と短いため息が聞こえた。


「・・・・・・チア」


やめて。その先を言わないで!


「止めたってダメだからね!」


気がつくとあたしはそう叫んでいた。
いきなり立ち上がって、あたし、きっと、今にもかみつきそうな顔をしているんだろう。ランダがびっくりしてあたしを見ている。


「わがままかもしれないけど、でもあたし、この日が来るの、ずーっと待ってたんだもん! あたし、絶対旅に出るんだから!」


あたし、怖かったんだ。
お父さんに反対されることが。
一番あたしのこと理解してくれていたお父さんに、自分の夢を否定されたくはなかった。
家の仕事放り出してきたあたしの勝手な行動・・・・・・、なんて言われるのかなぁ。


次に聞こえたのは、かみ殺した笑い声。
・・・・・・え? 笑い?


「チアらしいなぁ、はははは」


お父さん・・・・・・?
怒鳴るかと思ったけど、なぜ笑う?


「でもチア、その結果が、アレなんだろう?」


ぁうっ・・・・・・!
お父さんが指さしたのは、あたしが履いてきた革のブーツ。
もー靴ずれが痛くて痛くて、脱いでおいたのよ。
そして、お父さんのとどめの一言。


「その、今ひきずってるマントだって、大きすぎて、チアが思ってるほど似合ってないよ?」


かぁああああっ。
恥ずかしさで、顔がコーヒーの湯気よりも熱くほてる。
お父さんとランダが、そんなあたしの反応を見て、しばらくの間笑い声を上げていた。
・・・・・・・なんか、ランダに身長がばれたときよりももっとハズイっ!


「わかっただろう? チア」


お父さんが、笑いすぎて出た涙を拭きながら、ようやく落ち着いて話を戻す。


「お前には、ミルサの真似をするにはまだ早すぎるよ」

「そう・・・・・・かなぁ」

「ミルサはね、生まれつきあんな風で、賢くて容量が良くて度胸がある子だったんだよ。お前とは違ってね」


う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・痛いなぁ、その、最後の一言。
・・・・・・だって、本当のことだから。
わかってたよ。そんなこと。
でも、自分の中の自分が、それに気づいてる自分を許さなかった。
あたしが一つ年を重ねるたびに、鏡に映るあたしが急かした。
あの人を追いかけたい、追いつきたい。早く旅に出たい。って。
さぁ、歩き出せ。歩き出せ。歩き出せ! ・・・・・・って。
どうしても、自分で止まることができなかったんだよ。


言葉を返せなくなったあたしに、お父さんが微笑みかけた。
突拍子もない言葉と共にともに。


「チア、しばらくここで暮らしてみないかい?」

「え?!」


これまた、何をいきなり?
「一度帰りなさい」って言われるならまだわかるけど。
あ、でも、帰りたくないから(だって、タミカに何を言われることか・・・・・・)、それも悪くはないかなぁ〜?
でも、お父さんのアトリエに居座っちゃ、邪魔なんじゃ・・・・・・?
いや、そもそも、お父さんはどういう魂胆?


考え込みながら、ちらりとお父さんの目を見る。
にこにこにこ、と、どうにも考えを読み取れない笑顔。


「まだまだ僕にはね、親として、子に教え残したことが沢山あるからね」

「?」

「鈍いなぁ、チア、そのマント、誰のお下がりだと思ってる?」


それでもしばらく、お父さんの言いたいことが理解できず、十秒くらい間があいて・・・・・・


「!!?」


今までとは違う誰かを見るような心地になって、お父さんを見た。


「はははは。これでも僕は、あのミルサートの叔父なんだよ?」















そういう成り行きで、あたしはお父さんに『弟子入り』することになった。
あたし、お父さんの知恵と、知識の豊富さに目を丸くする日々だった。
うーん、年の功ってやつ? それとも昔の経験かな。笑。


あたし、勉強した。
お父さんの知ってること、お父さんの教えてくれること、全部。
稽古した。
お父さんが見せてくれる、いろんな技術を。


動物の性質。
森の木々の名前。
野の草の分布。
夜空の星が見える方角。
季節の読み方。
天気の予測。
薬の調合。
狩り。
料理。
ナイフの使い方。


沢山のことを知りたかった。これから役に立つこと、全部。
何でもいい、教えて。全部、覚えるから。
あたし、成長したい。
今よりもっと、もっと、強くなりたい。だから、知りたい。
歩き出すために。
夜の闇に怯えないように。
牙を持つ獣を恐れないように。
たった一人でも、生きていけるように。
自分の力で、道を切り開いていけるように。
夢に、手が届くように。


旅をすることは、自分の周りを変えること。
なら、これは、自分の中の旅なのかな。
一日ごとに、少しずつ、自分の中の世界が変わっていく。


今のあたしは、まだ、小さなリンゴの種。
甘く守られていた果実の中から、弾け出てきた。
空は遠くて届かないけれど。
今はあえて、陽に憧れずに、土へともぐろう。
温かい世界で、全身に栄養をもらっておこう。

黒くて硬い殻を破れずにいた。
だけどいつか。
訪れたかった世界に芽を伸ばし。
伸びていけるだろう。
もっともっと、育つだろう。
目指していた、空へ向かって。






そして、月日は流れる。






nextback  top







 
 

SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO