* 8 *








どのくらい走ったんだろう。


まるで、時間がぐるぐる終わりなく廻っているようだったけど。


突然、目の前がさぁっと明るくなった。
木々が覆っていた視界が開けて、隠れていた空が現れた。


ついさっきまで真昼の真っ青な色をしていた空は、いつのまにかもう、薄いオレンジ色に変わっていた。
少し涼しい空気が頬にあたり、あたしの汗を拭いてくれた。


呼吸の仕方も忘れそうなくらいにずっと走って、頭がまだ真っ白のまま、肩で息をしながら、呆然と立ち止まる。
なに? ここ・・・・・・。


道も無い森の奥、ここだけ、円形に広く、木がなくなっている。意図的に拓かれた場所なんだろう。
その真ん中には、小さな丸太小屋。
夕陽を受けて茜色の雲を背に、金色の光を受けて、景色の中に収まっていた。


ランダは、その小屋の前に立ってあたしを待っていた。
歩いていくと、あたしから目をそらさずに、一歩、横に動く。
そしてあたしの前にあったのは、木の扉。入り口。
にやっと、さっきも見せた、意味ありげな笑顔。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


何を見せたいんだろう。
あたしは吸い寄せられるような心地で、手を伸ばし・・・・・・・・・・・


扉を押した。


軽く軋む音とともに、部屋の中は朱色の光に照らし出され、あたしの前に現れた。
小さな概観にそった、狭い空間。

足元いっぱいに、散らばるおがくずや木の欠けら。
床にも棚にもずらりと並んでいるのは、木の彫刻。

動物も、人形も、木でできていると思えない。近くによれば、呼吸の声が聞こえそう。
なめらかな表面といい、細工の細やかさといい、幻想的なまでに美しいものばかり。
あたしを迎えるのは、森の命の匂い。胸に流れ込む、立ちこめた木の香り。


すごい・・・・・・。
ここ、木工芸のアトリエなんだ。


奥には、床に積もったおがくずが取り囲む、一つの机。
男の人が、細工を刻む途中の木を握り締めて座っていた。
入ってきたあたしに、やっと気がついて、彫刻刀を握る手が止まる。

ちょっと年老いた、男の人。
きょとんと開かれた、小さな丸い瞳。
やせた頬。
大きな手。
無造作にしばった髪はつやがなくてぱらぱらしてる。



「チア」



・・・・・・・・・・・・・・・その優しい声、変わってないね。
前より少しやせたみたいだけど。老けたように見えるけど。
あたしと話すときの、その穏やかな笑顔、全然変わってない。



「お父さん・・・・・・・・・・・・・」



一瞬後ろに目をやると、ランダが得意げな顔をして、あたしを見ている。
この生意気そうな笑み、今ならあたし、なんだか全く腹は立たなかった。










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