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 6 *






その間にも、焚き火は静かに揺れていた。たたずむあたしを夜の暗闇の中で、ゆるゆると照らしていた。





「ミルサートさんって?」

「・・・・・・・・・ミルサートさん・・・・・・・・・・・・・」





ちょっと、そこでストップ。息がつっかえて、言葉がつっかえて、ごちゃごちゃになった思いがつっかえて、苦しくてこれ以上話せない。
情けなく、必死で唇を噛みしめているのが精一杯だった。

こんな姿、誰にも見られたくなかった。



ランダは、しばらく黙っていたけど、やがて背を向けてごろりと横になった。


あたしはその隙に、その反対に背を向けて、自分のマントにくるまって横になる。声を出さずに泣けるだけ泣いた。
なんで泣いているのか自分でもわからなくなるくらい、胸の中にあふれたものを流し出した。






気づきたくなかったけど、気づいてしまった。


自分の未熟さ。
無知。
弱さ。
幼さ。
小ささ。


あたしはまだ、ダメなんだ。
子供なんだ。
一人で旅なんか、できないんだ。
冒険者になんて、なれないんだ。


そんなの、認めたくない。


でも。


ブーツは、あたしには大きすぎた。
マントは、あたしには大きすぎた。
旅の荷物は重すぎた。
初めて家族と別れて見上げた夜空は、とても暗かった。

転んだときのせいか、束ねた髪がまたぐちゃぐちゃに崩れていた。
あの、美しい、素敵なポニーテールが欲しかったのに。

・・・・・・・・・・・・・・・・あたしも、あの人のようになりたかったのに・・・・・・・・・・・・・・・。




あたしは泣きつかれて、睡魔に誘われていく寸前、もう一度だけ、その人の名前を口にした。




「ミルサートさん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




ミルサートさん。
あたしが今までに会った人の中で、一番かっこいい女の人。
世界一かっこいい人。素敵な人。


あたしが夢見た、未来の自分・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
















五年くらい前のこと。
あたしが、今よりももっと小さかったとき。
遊んで帰ってくると、家にお客さんが来ていた。


知らない人だ。誰だろう?


あたしは中に入っていけず、扉に隠れて覗いていた。


お母さんが笑っていた。何か話しながら。
お父さんが笑っていた。楽しそうに。


知らないお客さんは、大人のヒトみたいだった。
手にしているカップから、あたしの飲んだことのないハーブティーの匂いが、ここまで漂ってくる。大人が飲むような、香りの強いお茶だった。


あたしもお話ししてみたいな、って、うずうず思いながら見ていた。
座ってる背中しか見えなかったけど、素敵な人だなってなんとなく思った。

静かだけどハキハキした話し方とか口調とか、落ち着いた動作とか、真っ直ぐに背筋の伸びた凛とした姿勢とか。

何よりも一番目にとまったのは、彼女の背中に流れた、細く、長い長い、ポニーテールの髪。
濡れたように艶々に輝いて、ほんの少し動いて髪が揺れるだけで、さらさらと溢れるような漆黒の髪の上で、星の粒みたいな光が弾けるんだ。

うわぁぁ・・・・・・、黒い彗星みたいに綺麗・・・・・・・。まるでお姫さまの御髪みたいだぁ・・・・・・。

あたしは扉に張り付いたまま、呼吸も忘れるくらいに見入ってしまった。

突然、彼女はこっちを向いた。あたしの熱心な視線に気づいたんだろうね。
びくっ。
そのときは緊張して思わず固まっちゃった。

けどね。あたしに気づいて、こちらを見て、笑ったんだ、その人は。
あたしはますます見入ってしまった。
鮮やかな色の花のような笑顔。
芽吹いたばかりの若葉のような活気があふれている。
大きな目を、興味津々に輝かせて。


「あーら、あらあらあららー? あなたは誰ー?」

「あ、あたし、チア」

「やーーーん! かっわいーーーっ! 叔父さんの子? きゃー、いくつ? 七つ? めーーっちゃかっわいーーーい!」


・・・・・・・・・・・まぁ、口を開くと、けっこう風変わりな人だったけどさぁ・・・・・・・・・・・。ところで、「めっちゃ」って何語?
大人の人だと思ったけど、振り返ったその顔は、案外幼い感じの顔つきをしていた。
でも、どこかで見たことあるような顔・・・・・・。間違いなく初めて会ったはずなのに。


「もーーう、まじで可愛いじゃんっ! 叔父さんの娘さんっ♪」


叔父さんって誰のことだろうと思った。あとでお母さんに教えてもらって、彼女は従姉妹なのだと知る。


「私が小さかった頃と、とっっっっても、ク・リ・ソ・ツ☆」


だから、何語ですかそれは・・・・・・・・・・・。
まぁそれはともかく。

そう。あたし達は割と似ていた。顔のあどけなさの度合いは違ったけど。
家族だから、そりゃあ、妹も弟も、お母さんともお父さんとも、少しずつ似てる部分はあったけど。
でもあたしは、家族の中の誰よりも、初めて会う従姉妹の彼女、ミルサートさんに一番似ていた。
どこかで会ったことあったような気がしたのは、そのせいだったのかもしれない。


「ははは、チアが大きくなったら、ミルサそっくりになるだろうね」


って、その時、お父さんが言った。
じゃあ、この人が、未来のあたしなのかなぁ?
ミルサートさんが、あたしにウインクした。


「チーアちゃんっ、お姉さんが遊んであげるっ。二週間したらまた旅立つけどさ、それまでに珍しいお話、沢山してあげるよ」


お母さんが微笑んだ。


「あのねぇ、チア、ミルサちゃんはね、世界中を旅して回ってるのよ。あんたの知らないこと、山ほど教えてもらいなさいな」


「世界?」


世界。
思い浮かんだのは、ついこの間見た、大きな地図のこと。
あの、おっきくてひろーいのが、『世界』なんだ。

教えてくれるの?!
あたしの知らない、『世界』のことを!!
まだ全然行ったこともない、想像もできないような、見たこともない、いろんな場所のことを!!



そして。
ミルサートさんのいた二週間。
言葉じゃとても語りつくせないけど。
満杯の宝石箱のような時間。
どんなに綺麗な服よりも、石よりも。
心の中で一番大切なものになったよ。


ミルサートさんが聞かせてくれたのは。
とても信じられない、夢に見たこともないような。
不思議なお話ばかりだった。
でも、どれも本当に見てきたことなんだって。


すごいなぁ。
どれだけの経験を積んできたのだろう。
あたしには想像もできなかった。


大きくなったら、あたしも、この人みたいになれるのかなぁ?
「チアが大きくなったら、ミルサそっくりになるだろうね」
お父さんの言葉がずっと心に残った。
かぁぁっ、と、胸に熱いものが膨らんだ。


あたしも旅をして、世界を見たい。
ミルサートさんみたいに!


この時咲いたのが、あたしの夢。
今もなお膨らみ続ける、希望。


大きくなったら、この人みたいに。


大きくなったら。
大きくなったら。
大きくなったら。



大きくなったら・・・・・・・・・・・・。











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