* 6 *
その間にも、焚き火は静かに揺れていた。たたずむあたしを夜の暗闇の中で、ゆるゆると照らしていた。
「ミルサートさんって?」
「・・・・・・・・・ミルサートさん・・・・・・・・・・・・・」
ちょっと、そこでストップ。息がつっかえて、言葉がつっかえて、ごちゃごちゃになった思いがつっかえて、苦しくてこれ以上話せない。
情けなく、必死で唇を噛みしめているのが精一杯だった。
こんな姿、誰にも見られたくなかった。
ランダは、しばらく黙っていたけど、やがて背を向けてごろりと横になった。
あたしはその隙に、その反対に背を向けて、自分のマントにくるまって横になる。声を出さずに泣けるだけ泣いた。
なんで泣いているのか自分でもわからなくなるくらい、胸の中にあふれたものを流し出した。
気づきたくなかったけど、気づいてしまった。
自分の未熟さ。
無知。
弱さ。
幼さ。
小ささ。
あたしはまだ、ダメなんだ。
子供なんだ。
一人で旅なんか、できないんだ。
冒険者になんて、なれないんだ。
そんなの、認めたくない。
でも。
ブーツは、あたしには大きすぎた。
マントは、あたしには大きすぎた。
旅の荷物は重すぎた。
初めて家族と別れて見上げた夜空は、とても暗かった。
転んだときのせいか、束ねた髪がまたぐちゃぐちゃに崩れていた。
あの、美しい、素敵なポニーテールが欲しかったのに。
・・・・・・・・・・・・・・・・あたしも、あの人のようになりたかったのに・・・・・・・・・・・・・・・。
あたしは泣きつかれて、睡魔に誘われていく寸前、もう一度だけ、その人の名前を口にした。
「ミルサートさん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ミルサートさん。
あたしが今までに会った人の中で、一番かっこいい女の人。
世界一かっこいい人。素敵な人。
あたしが夢見た、未来の自分・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
☆
五年くらい前のこと。
あたしが、今よりももっと小さかったとき。
遊んで帰ってくると、家にお客さんが来ていた。
知らない人だ。誰だろう?
あたしは中に入っていけず、扉に隠れて覗いていた。
お母さんが笑っていた。何か話しながら。
お父さんが笑っていた。楽しそうに。
知らないお客さんは、大人のヒトみたいだった。
手にしているカップから、あたしの飲んだことのないハーブティーの匂いが、ここまで漂ってくる。大人が飲むような、香りの強いお茶だった。
あたしもお話ししてみたいな、って、うずうず思いながら見ていた。
座ってる背中しか見えなかったけど、素敵な人だなってなんとなく思った。
静かだけどハキハキした話し方とか口調とか、落ち着いた動作とか、真っ直ぐに背筋の伸びた凛とした姿勢とか。
何よりも一番目にとまったのは、彼女の背中に流れた、細く、長い長い、ポニーテールの髪。
濡れたように艶々に輝いて、ほんの少し動いて髪が揺れるだけで、さらさらと溢れるような漆黒の髪の上で、星の粒みたいな光が弾けるんだ。
うわぁぁ・・・・・・、黒い彗星みたいに綺麗・・・・・・・。まるでお姫さまの御髪みたいだぁ・・・・・・。
あたしは扉に張り付いたまま、呼吸も忘れるくらいに見入ってしまった。
突然、彼女はこっちを向いた。あたしの熱心な視線に気づいたんだろうね。
びくっ。
そのときは緊張して思わず固まっちゃった。
けどね。あたしに気づいて、こちらを見て、笑ったんだ、その人は。
あたしはますます見入ってしまった。
鮮やかな色の花のような笑顔。
芽吹いたばかりの若葉のような活気があふれている。
大きな目を、興味津々に輝かせて。
「あーら、あらあらあららー? あなたは誰ー?」
「あ、あたし、チア」
「やーーーん! かっわいーーーっ! 叔父さんの子? きゃー、いくつ? 七つ? めーーっちゃかっわいーーーい!」
・・・・・・・・・・・まぁ、口を開くと、けっこう風変わりな人だったけどさぁ・・・・・・・・・・・。ところで、「めっちゃ」って何語?
大人の人だと思ったけど、振り返ったその顔は、案外幼い感じの顔つきをしていた。
でも、どこかで見たことあるような顔・・・・・・。間違いなく初めて会ったはずなのに。
「もーーう、まじで可愛いじゃんっ! 叔父さんの娘さんっ♪」
叔父さんって誰のことだろうと思った。あとでお母さんに教えてもらって、彼女は従姉妹なのだと知る。
「私が小さかった頃と、とっっっっても、ク・リ・ソ・ツ☆」
だから、何語ですかそれは・・・・・・・・・・・。
まぁそれはともかく。
そう。あたし達は割と似ていた。顔のあどけなさの度合いは違ったけど。
家族だから、そりゃあ、妹も弟も、お母さんともお父さんとも、少しずつ似てる部分はあったけど。
でもあたしは、家族の中の誰よりも、初めて会う従姉妹の彼女、ミルサートさんに一番似ていた。
どこかで会ったことあったような気がしたのは、そのせいだったのかもしれない。
「ははは、チアが大きくなったら、ミルサそっくりになるだろうね」
って、その時、お父さんが言った。
じゃあ、この人が、未来のあたしなのかなぁ?
ミルサートさんが、あたしにウインクした。
「チーアちゃんっ、お姉さんが遊んであげるっ。二週間したらまた旅立つけどさ、それまでに珍しいお話、沢山してあげるよ」
お母さんが微笑んだ。
「あのねぇ、チア、ミルサちゃんはね、世界中を旅して回ってるのよ。あんたの知らないこと、山ほど教えてもらいなさいな」
「世界?」
世界。
思い浮かんだのは、ついこの間見た、大きな地図のこと。
あの、おっきくてひろーいのが、『世界』なんだ。
教えてくれるの?!
あたしの知らない、『世界』のことを!!
まだ全然行ったこともない、想像もできないような、見たこともない、いろんな場所のことを!!
そして。
ミルサートさんのいた二週間。
言葉じゃとても語りつくせないけど。
満杯の宝石箱のような時間。
どんなに綺麗な服よりも、石よりも。
心の中で一番大切なものになったよ。
ミルサートさんが聞かせてくれたのは。
とても信じられない、夢に見たこともないような。
不思議なお話ばかりだった。
でも、どれも本当に見てきたことなんだって。
すごいなぁ。
どれだけの経験を積んできたのだろう。
あたしには想像もできなかった。
大きくなったら、あたしも、この人みたいになれるのかなぁ?
「チアが大きくなったら、ミルサそっくりになるだろうね」
お父さんの言葉がずっと心に残った。
かぁぁっ、と、胸に熱いものが膨らんだ。
あたしも旅をして、世界を見たい。
ミルサートさんみたいに!
この時咲いたのが、あたしの夢。
今もなお膨らみ続ける、希望。
大きくなったら、この人みたいに。
大きくなったら。
大きくなったら。
大きくなったら。
大きくなったら・・・・・・・・・・・・。
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