『アルティメイト魔星伝』


そこは、すでに戦場と化していた。

窓から見える部屋は、見知った部屋ではなくなっていた。
化学実習室、の、はずである。多分。
その中に一人たたずむ少女が居る。彼女の名前はレフラ=ヴァエル。この状況を作った張本人だが、別にテロリストでもないし爆弾魔でもない。ここ、「オーディーン学院」の生徒である。
これ以上ないくらいに真剣な眼差しで、眉間にしわを寄せながら、そ〜っと、細い試験管に手にしている透明な液体を注ぎ込むまさにその瞬間。ああ一体何度この作業を繰り返したことか。額に汗が浮き、ガラス瓶を傾ける手が震える。さあ勝負の瞬間。

一滴!

 ぶにょにょにょ
なぜかスライムが誕生した。

 がっしゃんっ!

このやろう、と、怒鳴らんばかりの剣幕で、うごめく物体が溢れる試験管は跡形もなく粉々に叩き割られた。それでもスライムはまだ床で「ぶにょぶにょ」やっている。

「だああああああ! もーいやだあああああっ! 一体『アセトアルデヒドの精製』が今後の人生の何の役に立つってんだぁぁぁ! こんなもの、こうしてやるこうしてやるこののこのっ!」

こうして惨状は惨禍を極めていくのであった・・・・。
 
オーディーン学院。
十代の少年少女の成育カリキュラム施設で、いわゆるハイスクールの一つだ。
しかし、この学校が一般のノーマルスクールと決定的に異なっているのは、この世界でトップレベルを誇る「魔道師学科」の学校ということだ。
魔道師は、一握りの才能に恵まれた者だけが座につくことのできる稀少な職業である。
レフラも、その栄誉ある候補の一人。
・・・の・・・はずなのだが・・・。
                     
「大体ね! 大体さ、魔道師学科のカリキュラムに『化学』が組み込まれてんの!?
『アセトアルデヒド』なんてそんな競馬で走る馬みたいな名前、生まれて十八年間聞いたことすらなかったというのに! エタノールやら、二酸化ナントカ化合物やら、んなわけわからん物質こちゃ混ぜて作ることのどこに、人類の発展を見出すってんだぁぁ!」

力任せに叫び続け、ようやく鬱憤が晴れる。
しかしレポート用紙は変わらず雪のように真っ白なままだ。

(・・・やべぇぇ・・・このままだとマジで卒業できんわ・・・)

オーディーン学院は総合単位制。順調にカリキュラムに従事すれば三年で全過程が終了し、一人前の魔道師として職に就くための資格がもらえる。ただし、落第すれば当然資格どころか卒業も認められない。
・・・ キーンコーンカーンコーン ・・・・
自動的に鳴るようにセットされている、乾いたチャイムの音が、がらんとした放課後の化学実験室に鳴り響く。レフラは、ひしひしと迫り来るどうしようもない“現実”を前に、レポート用紙を持て余していた。

「・・・ああ、人生って何だろう」

思わず現実逃避に走り、朱に染まりつつある窓の外を、遠い目で見つめるのだった。

「でもあたしは卒業したいんだぁぁぁ! 卒業して、魔道師になってバリバリ仕事こなして世界にレフラ=ヴァエルの名を轟かせ、ゆくゆくは、あたしの華麗なる闇魔術で世界征服を・・・」


 ひゅううぅぅ・・・


突如、窓の白いカーテンがなびく。
「ん?」
「や。相方ぁ」
にゅっと窓から顔が現れる!

「うわっ! エクセルっ!?」

なんて突然な登場の仕方をするんだ、お前は。
というレフラの内なる心の声を知ってか知らずか、この来客は少しも悪びれる風もなく軽やかに窓枠に足をかけ、すたりと床に降り立つ。

「久しぶりー」

へらへらと笑うこの男、鹿の毛並みのような茶色の髪に、変わった灰色の目を持っている。背は高いがやたらと華奢で、顔もまあ悪くない。
エクセルは、部屋の有様を見渡し、くすくす笑いながら、

「わぁお。ここだけ大型台風でも来たのかい?」
「やかましい! どうせわかってんだろ、しらじらしい」

話しながら、レフラはガシャガシャと壊れた実験機材を押しのける。

「相変わらずだなぁ」
「お互い様。そっちこそ、どうせ授業サボってんでしょ」
「あ、言ってなかったっけ? 僕は既に飛び級して卒業済み」

と、ぴらりと取り出して見せたのは燦然と輝くプラチナ色のライセンス。確かに彼の母校「アスガルド」の、翼竜をかたどった校章が入っている。

「何――――っ!!!?」
「まぁ、僕、わりと天才だからさぁー。あはは」

ひらひらと手を振りながら笑っているが、「アスガルド」で飛び級というのはなかなか半端ではない。というのも、「アスガルド」は、この世界『アルティメイト』の五つの礎と称されるほどの、ハイレベル・ハイスクールなのだ。
噂では、魔力によって北東の天空に浮いているという、巨大な施設らしいが・・・。

「僕はこれで、違法じゃなくて堂々とアイテム開発できるってわけだよ」
「あ、やっぱ職はエンジニアか」
「レフラも、正式に魔道師になったら僕がアイテム作ってやるからさ」
「それなんだよ問題は・・・」

がくっと肩を落とし、真白い化学のレポート用紙を示す。

「だあああああもうっ!あたしがこんなに苦しんでるときに勝手に卒業してるなんて!エクセルのくせに!ちくしょうこのやろーっ!!」
「うわーっ! ぎゃーっ! 八つ当たりで濃硫酸のビンなんか投げるなバカ!」
「知るかぁ! あたしは今日から、スライムとエタノールと『アセトアルデヒド』を一生恨んでやることに決めたんだぁぁぁぁぁ!」
「なるほど。そっか。今日の敵はアセトアルデヒドか・・・」

ぱしぱしぱし。と、エクセルは涼しい顔で劇薬のビンを全て受け止める。

「本っっ当、お前化学ダメなんだなぁ。それでよく今まで進級してこれたな〜」
「だからさー魔術と化学なんて全然関係ないじゃん? あたしはただ、魔道師になりたいんだ!」

レフラは不機嫌そうに髪をかきあげ、散らばったガラスを乱暴に足で払って、手近にあった木の椅子にふんぞり返る。波打つブロンドは無造作に彼女の肩に背に流れており、スカートの短さを気にせず雄雄しく組んだ長い脚は、太ももまで顕わになっている。真向かいに座りながら、エクセルはしらけたため息をついた。

「・・・お前なぁ、もーちょっとは女らしくしろよ。せっかく美人なのに」
「はん。大きなお世話あっかんべ。ホストみたいな顔したヤツにおべっかいわれても嬉かないね」
「あ、そう。じゃ今度の『仕事』の話、なかったことにして持って帰ろうかな」

 ぴくくっ!
つんと背中を向けていたレフラが、この言葉に、面白いくらい過敏に反応したのがわかる。
ぴっ、と、エクセルは懐から白い封筒を取り出し、指先でひらひら遊ばせる。

「おおおおおおっ! そーかそういうことかっ! 忙しいときにふらふら遊びにきやがってこのやろうなんて思ってたけど!」
「・・・・ひどいなぁ」
「どーりでいきなり『相方』なんて呼ぶわけだ」
「そゆこと♪久々に『よろずや』の依頼さ」

エクセルはニヤッと笑みを投げかけ、眼帯で覆われていない方の、緑みがかった灰色の瞳を輝かせた。
そもそも、レフラと彼、エクセル=ハイトとの出会いは、二年前にまでさかのぼる。きっかけは彼のナンパで(まぁ、玉砕したわけだが)、習い始めた魔術を実践活用したくてうずいていたレフラと、持ち前の頭脳とエンジニアのセンスを悪用して、こづかい稼ぎに『よろずや』をしていたエクセルとの利害が一致したわけだ。
ライセンスもなしに、魔術を実習以外で使ったり特許を持たないアイテムを開発するのは違法行為であるため、専ら、裏家業なのだが。
レフラは退学にならなきゃいーかぐらいにしか思ってないし、エクセルは成績も素行もいいのでどうにでも言い逃れできる自信があった。その証拠に、難なくライセンスを得て卒業している。

「今回の依頼者は、ミツキタケ国の姫君だよ」
「マジ!? 一国の姫君からのじきじきの依頼なんてなかなかビックな」

金箔の散りばめられた上等な和紙に、達筆な御手で書かれた“依頼書”を、レフラも珍しげに覗き込む。
美月竹国。アルティメイトの東の果てにある、こじんまりとした小国だ。そもそもアルティメイト自体が、知られうる起源より、ただ一つの統合されたフィールドであるというのに、たまにこのように、アル
ティメイト暦以前より続く古国がアルティメイトの内側に、わずかにひっそりと生き永らえていたりする。

「ずいぶんレアなとこから来たわねぇ〜、あの国ってほとんど外交取らないっていうのに。あたしここの国の文字って読めないんだけどなんて書いてあんの?」
「んー、一言で言うと、『詳しい内容は直接話すから、一度来てくれ』ってさ」
「な、何、そんな重要なことなわけ?」
「さぁな」
「上等っ!」

レフラは羽織っていた白衣を放り投げた。ついでに制服の上着も。いつものことだが彼女は課外終了後いつでもすぐ遊びにいけるように私服を着込んでいる。だからといって自分の目の前でスカートまで脱ぎ捨てられるのは・・・。

「・・・だからさぁ、レフラぁ・・・」

着込んだジーンズ生地の短パンにギュッとベルトを締め、マントを肩につける。

「はははん、久々にあたしのこの自慢の魔術の腕を存分にふるえるかも!」
「化学の課題は?」
「じゃ、いつものとーりでよろしく」
「・・・はいはい。俺が引き受ければいいんだろ。その代わり依頼領は三分の一だからな」
「いーじゃんあんたなら十五分で片付けられるのにー。困ったときはお互い様―!」
「はぁぁ、そんなこと言ってもねレフラ、僕は君のために言ってるんだぞ? 化学だろうと何だろうと、魔術ってのはこの世界を取り巻く森羅万象全ての事象を、十二分に把握し理解した上に構成され
るんだから、疎かにしてると魔術は極められないのさ」
「あ〜説教なんてヤダヤダじじくさい。さっさと依頼主のとこ行こ」

レフラは、部屋の隅に転がしていた自分のカバンをごそごそとかき回す。整頓されていないカバンの中には、折れ曲がった教科書やら間食用のお菓子やらもらった化粧品やらが入っているが、その中から、隠していたものを取り出す。それは一見、銀色の拳銃だった。

「あったあった」
「・・・せっかく僕が作ったんだからもうちょっと大切に扱えよオイ・・・」
「心配すんな。壊れてないって」

加えて、グローブを一つ取り出し、右手にはめる。指が出るタイプの、薄地で丈夫なもので、手の甲のところに複雑な魔方陣が金色で描かれている。

「ふふふん♪」

すうと一呼吸おいて、レフラは自分で考えた“呪文”を唱える。

『天空より来たれ魔獣の吐息』

銀色の拳銃(エクセルからもらった魔力具現化アイテム)を構える。

『総べるは我、ここに集え』

引き金を引くと彼女の呪文が“具現化”されて打ち出され、彼女を囲んで宙に光の円を描く。床を蹴ると軽々と足が浮かび上がる。

「よおし!飛行魔法成功。・・・ん?どうしたのさエクセル、頭抱えて」
「いや、毎度のことながら、なんでそんな複雑なアイテム使いこなせるやつが、化学なんかで手こずるのかなーと」
「魔術なんて所詮、カンよカン」
「そうかなぁぁぁ・・・?」
「いいからさっさと行くよ」
「はいはい。おいで、カイザー」

エクセルは、ブレスレットのボタンを押す。そして名を呼ぶと、それは流線型の翼をもった小型の竜になる。エクセルもそれに飛び乗った。

「エクセル、地図は?」
「はいよ」
「ふーん、方向はあっちと・・・。ちっと遠いけどまいっか」

レフラが意気込んだそのとき、

「あああああああ! レフラどこ行くのさぁっ!」

甲高い声に、思わずつんのめった。
化学実習室の戸のところ、頬を興奮で紅潮させた小さな少年が立っている。女の子と見まがうような顔立ちと長い髪の少年で、青いぱっちりと大きな目を真ん丸に見開いている。

「げげげっ! クーシー!」
「ああっ!? エクセルもいる! ボクだけおいてけぼりなんてずるーいぃぃ!」
「逃げるぞエクセル!」

が、時既に遅し。クーシーという一年生のこの生徒は、信じられない俊足で、だかだかだかっ! とエクセルのカイザーに飛び乗った。

「どこ行くのどこ行くの? ボクも行く!」
「お〜ま〜え〜な〜!降りろ!」

レフラはクーシーを引っ張るが、彼は既にしっかりとカイザーにしがみついてしまっている。

「だってだって、今日はレフラと遊ぼうと思ってずーっと待ってたんだよ〜?」
「あたし懐かれちまったな・・・」
「ねーボクも行くー!でないと校長にレフラのこと言いつけるよー!」
「た、頼むからカイザーの上で暴れるなよ!」

彼とレフラたちが逢ったのは割と最近のことで、迷子になっているところを助けてやっただけなのに、それ以来気に入られてしまったのだ。悪気はない子なのだが、一度だだをこねだしたら頑として聞かない。

「置いてったら泣く!今泣く!」
「・・・連れてくしかなさそうだな」
「あーもう! 邪魔になったら放り出すからな!」
「うわぁいレフラ大好きー♪」

にこにこして、レフラにむぎゅっと抱きつく。

「・・・このやろう」
「ん?エクセル何か言ったか?」
「いやー何も。ははははは。美月竹国は遠いから、飛ばすよ」

カイザーの硬質な翼が空を切る。レフラも、白い光の軌跡を描いて飛行する。

「ところで化学実習室、掃除しなくてよかったの?」
「さぁな」


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