その研究室は、まるで倉庫のように見えた。一個人に与えられている部屋とは思えない。

ルルーナは平然として、にこやかに「どうぞ、腰掛けてください」と勧めるが・・・さすがのレフラも、ごちゃごちゃとひしめき合う珍しい物に、しばらく目を奪われていた。
散らかっているというわけではない。むしろ整然としている。だが、とにかく、物が多い。それは一目でわかる。

まず、書籍。どこの図書館だ。四方の壁を、古臭い背表紙が並び、重なり、積み重なって覆っている。天井近くまで。
この子の小さな身長で、どうやって上のほうの本を取るのだろう。
実験器具。・・・オーディーン学院の理科実験室を髣髴とさせた。フラスコ、試験管、蒸留器、試薬品、etc。
そして、よくわからないが、天体模型のようなもの。大きさの違う丸い球体がいくつか並べられて、真ん中の黒い一番大きな球体を中心に、楕円を描いて回るようになっている。
・・・天体??? 星じゃない・・・よなこれ。何の模型なんだろう。新種の魔術道具かな?
魔法陣の模写。えーと、これは占術なんかに使う模型だよな、確か。
覗き込もうとして、あまりにも細密な模様に眩暈を起こして目をそらす。頭がくらくらしそうだ。
そして、棚という棚に、所狭しと並べられている・・・石、薬品(?)、植物、小動物の籠、模型、何が入っているのかよくわからない不思議な瓶。

「お茶、何がお好きですか?」
「コーラ無いの? それか、ジンジャーエール」
「それはちょっと・・・ハーブティーなら、各種取り揃えてますけど」
「・・・水でいいや」
「えっと・・・じゃあ、何か飲みやすい味のお茶を選びますね」
水でいいのに。せめてコーヒー。

適当な場所を見つけて、どさどさどさっ!!! と、持ち込んできた山積みの参考書&プリントの類を置かせてもらう。
・・・・・・それを眺めて、改めて、「はぁぁぁぁぁあぁぁぁ・・・・」と深い深いため息をついて肩を落とした。今すぐにでも「うがああああああやってられっかこんなもんんんん!!!」と絶叫して、全てを窓から渾身の力で投げ捨てたい気分だ。
これらは全て、ユグドラーシル教務課より、レフラに留学事前の課題として与えられているものである。明日までに全てこなして提出しろとのこと。
はっきり言いたい。殺す気ですか。
見かねたルルーナが協力を申し出てくれなかったら、きっとすぐにここを追い出されるかあるいはオーディーンのイザベラに通告されて、イザベラからの折檻は免れないところだっただろう。想像しただけで発狂しそうになる。いや、いっそ発狂してしまいたい・・・何なんだ、この課題の量。

はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁ・・・・・・・・・・・・。

再度、息も絶えそうなほどの深い、深ーーーいため息。・・・深い、ってか、不快。
ここに来たら、鬼(イザベラ)の目を逃れてサボれるんじゃないかと思っていたのに、げんなりする。まるで牢獄じゃないか、これだと。
とにかくまず数学・・・これが本当の本気で半端無い。こんなもの、『予習』と呼べるレベルじゃない。
数学と呼ぶ代物が、数字だけでなく、これほどまでに、数字以外の・・・アルファベットや見たことの無い記号の類で埋め尽くされているものだとは思わなかった!

「ルルーナ・・・何コレ、見たことないんだけどこんな式・・・。ってか、一体何を聞かれてる問題なのかもわからないんだけど??」
「気をしっかり持ってくださいレフラさん!これは整式です、一番最初の基礎ですよ、ここで用語を覚えておかないと、この先どんどんついていけなくなりますよ!」
ルルーナはレフラのために、せっせと公式を引っ張り出して記述し、ノートのメモ欄のところに並べていく。
単項式に多項式。整式の交換法則、結合法則、分配法則、指数法則。それに、展開の公式、因数分解・・・・・・。
「ね?こうやって解けるんですよ。面白いと思いません?!」
「思うかァァァァァァ!!!」
「この数列の規則性なんて、芸術的だと思いません?!ああ。さながら神が、この世に織り成した宇宙のアラベスクのよう・・・v」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!こんなもんを広げながら、そんなうっとりとした声出さないでぇぇぇぇぇぇ!!!ムリーーーー!!!あたしにはムリムリーーーー!!!絶対こんな公式なんて覚えられないぃぃぃぃーーーー!!!」
「公式は、覚えるものではなく問題を解くうちに慣れていくものですよレフラさん!さぁほらほら、一問でもまずは解いてみないと、先に進めませんよ」

拷問だ。これはゴーモンだぁぁぁぁっっっ!!!

「まだ授業が始まる前からこんな調子だなんて・・・あたし、もしかしたらとんでもなく恐ろしいところに来ちゃったのかも・・・・・・」

これは罠だ。そうに違いない。全ては、あのにっくき母、もとい校長のイザベラの策力だ!!!

「そんなこと言わないでくださいレフラさん、私もできる限り協力しますから」

羽ペンを走らせる手を止めないままで、ルルーナは苦笑を浮かべる。丁寧な筆跡が、流れるように数字を組み立てていく。

「それに、よければあなたにも、この学院を好きになって欲しいんです。私はここでの生活、とても気に入ってますから。私は幸せです。・・・でも、できることなら、学校のことももっと知って欲しいんですけど、今は数学のことをもっと知って欲しいです。ほら、高次方程式がどんなに面白いか、知ってます?」
「いーいぃぃ!!!語ってくれなくていい!!!頭痛くなるから!!!手っ取り早く今は公式だけ教えてよ!!!解けなくってさ!!!」

仮に公式を教えてもらっても解けない自信がある。仕方が無い、今はうまくルルーナにやってもらって代わりに解いてもらうしかない。そうだそうしよう。

「・・・・・・ところで、ルルーナ、あんたって、理系?文系?」
「どちらにもある程度精通しているつもりですが、一応、自分の研究分野は文系のつもりです」
「ふーん・・・・・・。何がそんなに楽しいのかなぁ・・・これが」

蒼い瞳が、にこりと微笑む。

「それと、よければレフラさん、オーディーン学院のことも私に教えてくださいな。興味がありますもの。どんな授業をするんです?ああ、できることなら、私もいつかそっちに留学してみたいです」
「げー・・・・・・やめとけよ、校長が怖いぜ」
「あら、それだけ厳格なのでしょう、そちらは。私、憧れます」
「厳格ねぇぇ・・・ま、厳しいっちゃ厳しいけど」
「・・・・・・ねぇ、レフラさん、オーディーン学院の学長でいらっしゃるイザベラ様は、あなたのお母様なのでしょう?レフラさんは憧れませんか?」

う・・・・・・・・、ここに来て初日で、その話を聞かされるとは。
どうしてこんなこと、知れ渡ってるんだ。オーディーンの中でさえほとんど伏せられてるのに。
ルルーナは、あどけない目を悪びれなく輝かせながら口を動かし続ける。手も動かし続ける。・・・・・・どうしてこんな難しい方程式を、雑談の片手間に解けるのか、世界の七不思議に加えたいとか思う。

「私、”北”の魔術は憧れなんです。だって、最も歴史と格式のある”星”の魔術ですもの。アルティメイトの歴史を考えれば、”北”は最も尊敬すべき地ですよね」
「えーと・・・・・・そうなの。あんまし考えたことなかった」
「ええ、レフラさんが”北”で学んでいらした魔導士なのでしたら、尚更のこと、ぜひともユグドラーシルの最先端の研究を学んで行って欲しいと思います。感動しますよ!」

はっきり言おう。
勉強して感動したことなど、レフラは今までの18年の生涯の中で一度も無い。今後も無い。(と本人は思っている)

「なんでぇぇ、先生みたいなこと言ってくれちゃって」
「あの〜・・・一応私、教員なんですけど。もちろん、まだまだ未熟なので同時に研究生でもありますけど」

あ、そう言えばそうだった。エクセルもそう言ってたっけ。

「ふふ、この課題が終わったら、私、レフラさんに学内を案内しますね。中央庭園はとても美しいんですよ、[ウィズドム・コア]の誇りと言われてるんです」
「あー、なるべく早めにそうしよう。のーみそパンクする」
「・・・・・・レフラさん・・・・・・あの、せめて基礎の公式は覚えたほうがいいですよ・・・・・・教えますから」








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