「ハロウィン・シンデレラ」





10月31日。西洋ではこの日の夜に、死者の霊が家族を訪ねてやってくるという。
そう。いわゆる、ハロウィーン。


おかげで、今夜はこの家は、やたらあまったるい、砂糖がオーブンで焦げる匂いと、熟れたかぼちゃが煮える匂いが充満している。



「ねぇ、かぼちゃ、くりぬいてくれた? ねぇ、ランタン作ってくれた?」



台所に立つ彼女はご機嫌で、せっせとお菓子の生地を練ってはオーブンに運んでいる。
エプロンは、まるでゴシック・ロリータのような黒地のレース。ついでに頭には、尖った魔女帽子。可愛らしいものだけどさ。



ごろごろと床やテーブルの上に居座っているのは、赤ん坊の頭ほどの大きさのカボチャ。
これから中に蝋燭を入れて玄関につるすためのランタンにする予定。・・・お菓子もそうだけど、一体、どれだけ作れば満足なのか。
俺の心の声も知らずに、丸々としたカボチャを、実に楽しそうにサクサクとくりぬいていく。器用だ。
小さなナイフで丁寧に底を丸く切る。銀色のスプーンで、まるでプリンでもすくうみたいに中身に差し込む。
濃い橙色は、溶け出しそうなほどによく熟していて、ねっとりとした、甘くむせるような匂いを部屋中に満たした。
どろどろと、これから「オバケ」に化けるカボチャ達は、せっせとハラワタを吐き出していく。種をゲロゲロと絡ませながら。
黄金色のカボチャの実は、これからまもなく、いっそうのこと甘ったるい、大量のお菓子の中へ投入される予定だ。
シナモンのきいたパウンドケーキ。チョコレートを絡ませたブラウニー。くるみのフィナンシェ。砂糖を焦がしたドロップクッキー・・・。小麦粉と砂糖と卵が、今夜の夢枕にでも化けて出てきそうだ。
そんな現在、オーブンにはパンプティングが投入された。コンロではぐつぐつと、パンプキン・ポタージュが煮立っている。まるで魔女の鍋のように煮えくり返っている。
ごうんごうんとオーブンが休みなく回っている間に、また一つ、くりぬかれたカボチャの頭が増える。尖った空洞の目と口が、ケタケタと笑いながら、テーブルの下で転がっている。
もうこの橙色を見るのもうんざりで、夢に出てきてうなされそうだ。



「いくつ作っても足りないわよ。お菓子、大好きだったでしょう?」



小さな魔女はそう言って笑いながら、今度はスコーンの生地を型で抜いていた。
俺に話しかけてんのかなと思ったら、どうやら独り言かな。
多分、椅子の上の猫のぬいぐるみとでも会話してるのかもしれない。



「楽しんでくれるかなぁ。ねぇ。今日は、どんな格好で来ると思う? 白いお化けかな。マントの吸血鬼かな。耳としっぽをつけた狼男かな。そんなありふれたのじゃ、意外性がないよねぇ。
 去年は面白かったな。あの人ったら、サンタクロースのかっこうしてきたのよ。面白いけど、さすがに間違ってるよねぇ。うふふふ」


皿には山のようにクッキーとスコーンが積みあげられた。ケーキは生クリームとチョコレートを二種類ずつ。チョコペンでコウモリと猫をラクガキして、マジパンで作ったカボチャと魔女をデコレーションする。
すでに時刻は夜へと移り、彼女自身も、本格的な仮装を用意し始める。黒いビロードのマントをまとった魔女の衣装に着替えて、実に楽しそうな笑顔で、自分の顔に派手な紫のアイラインを描いていく。丸くあどけない唇には、毒々しい黒のリップ。
カボチャの中に蝋燭を灯す。一つ二つ、三つ四つ。空洞の尖った目と口が、ギラギラと輝きだす。
命を得たジャックランタン達。今にも空を飛び上がって、高く笑いながら言ってきそうだ。『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!』って。
・・・・・・・は。やれるもんならやってみろ。お化けランタン。自分がお菓子になってるくせに。こっちはもう本番前から、砂糖とカボチャの匂いにうんざりしてるんだ。
準備があらかた済んでしまうと、暇になった。手持ち無沙汰なので、ついついこっそりと手を伸ばした。彼女に見られないように、テーブルの上のクッキーを一つつまむ。
口の中で、ざらっと砂糖の塊を噛むような感じだった。死ぬほど甘い。


「待ってるの、楽しみだね。夜中になったらきっと来るよ。これだけお菓子用意したんだもの」


ガトーショコラにチーズケーキ、アーモンドたっぷりのフロランタンクッキー。
時計の針は回り続ける。夜をいっそう濃くしていく。
外には、星の見えない黒い空。
夜空を飛べない小さな魔女は、箒ではなくハンドミキサーを手に持って、甘い香りの中で更にお菓子を作り続ける。一人でサバトを続けている。
誰かの声が聞こえるのを待ってる。カボチャのランタン達も待ち続けている。
トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃイタズラするぞ。ハッピーハロウィン!

・・・・・・もう、見てられない。


「・・・ねぇ、誰を待っているの?」


とうとう俺は、彼女に話しかけてた。
夢見るような瞳をしていた魔女は、唐突に夢から覚めたような瞳をして、俺のほうへと振り返る。
ハッピーハロウィン。俺の小さな魔女。俺ならもうとっくにここに来てるよ。


「ごめん。お菓子もらったけど、イタズラしたくなっちゃったよ」


「・・・さすがだね。今年の仮装もカンペキだね」


だって、本物の”お化け”になったんだからね。


ぐつぐつ。ぐつぐつ。パンプキン・ポタージュが煮えている。甘く焦げた匂いが立ち込める。
大きなカボチャを頭に被って、黒いマントで全身を包んで。
今日はハロウィン。こんな格好でもいいだろう。
どうか泣かないで。せっかく会いに来たんだから。
ケタケタ、ケタケタ。カボチャのランタン達が、俺達二人を見てひやかす声をあげて笑ってる。おい、邪魔すんな。いいところなんだから。叩き割るぞ。


「今年は独りにさせちゃってごめんね」


だから会いに来たんだよ。
楽しそうに過ごしてればいいなと思ったんだけど。こういう賑やかなパーティー大好きだったからさ。
山ほどお菓子作ってるんだろうなとは思ってたけどさ。
あまりにも寂しそうで、こっそりお菓子だけもらって帰ったりなんてできないよ。


ぐつぐつ。ぐつぐつ。ぐつぐつ。パンプキン・ポタージュが煮詰まっている。
オーブンではクッキーが焦げている。いっそ燃えてしまえ。


そんな甘く焦げた匂いに気づかないフリをして・・・・彼女は、俺の前で、小さな涙をポトリと零した。


「・・・・・・お菓子をあげるから、イタズラしていってね」


ごめんね。
独りにさせてごめんね。

トリック・アンド・トリート。
君が楽しそうに笑ってくれるなら、必ず毎年遊びに来てあげるよ。
だって俺は今は本物のお化けだから。仮装なんかいらない。
必ず、会いにきてあげるよ。


そうそう。一つだけ言い忘れてた。


「できれば、あまり甘くないお菓子がいいな」


君が楽しそうに作るから、毎年食べてあげていたのだけれど、本当は甘いものが苦手なんだ。
それでも、君が幸せそうに笑ってくれるなら、いくらでも食べるけどさ。たとえ、呪われそうなほど甘くても。


朝になったら、カボチャのランタン達の蝋燭も溶けて、おとなしく眠ってくれるかな。
魔女の魔法が溶けて、寂しい少女に戻っても、どうか泣かないで笑っていてほしい。
今度は棺桶の中から出てきて会いに来ようか。さすがにびっくりするかな。

それじゃあまたね。きっとイタズラしに来るよ。
ハッピーハロウィン。





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