「過去と未来に出会う祈り」







小学校のグラウンドに、夕暮れが過ぎて宵闇が立ち込める。


毎年七月七日は、この校庭の敷地を借りて、七夕祭りをやっていた。地元の町内の恒例行事のようなものだ。
複数の小学校の子供たちや、地元の幼稚園や保育園の児童、町内の大人や老人が、縁日のように賑やかに、カキ氷や綿飴、金魚すくいまで開いてくれる。
そして中央に盛大に備え付ける笹飾り。
地元のイベント、と呼ぶにはなかなか大掛かりで凝った趣向をしていたと思う。



俺は十五年ぶりに、この恒例行事の様子を見に来た。自分が小学生だった頃と、何一つとして変わらない光景がそこにあった。



大人は、七夕なんかで願いが叶うなんて思わない。
現実の苦しみを知っているから。


それでもこうして、こんな風に、笹飾りに願いを託す恒例行事が今もなお続いているのはなぜだろう。
幼い子供は、つたない文字で夢をつづり、星に願いを託す。できるだけ、笹の高い高い位置に結び付けようとして、一生懸命背伸びをする。
それは世代を超えてずっと続く夏の夜の”儀式”。




昔、こんなことがあった。


俺が小学生だったときの、七月七日の夜のことだった。
そう、今日みたいな夜のことだよ。

小学校のグラウンドに、さ、『ろくてつ』ってのがあるのを知ってる?
鉄のはしごが四つか五つ並んだような、垂直な雲梯みたいな遊具。正しい名称がわからないけどさ。
俺、あれ上るの好きだったんだよね。
ほら、今もそこ。グラウンドの片隅にある、あれだよ。もう大分錆びついてるんだな。


そこでね、女の子と会ったんだ。


今でもよく覚えている。
夏の初めで、ふわーっと蒸したような空気が、夕暮れ直後の空の下にこもっていた。
空は雲一つ無い。天の川、見れるかな。
祭りがはじまって、沢山の子供がざわざわと笹の周りに集まっていた。つたない文字を書き込んだ短冊を、皆で覗き込んではしゃいでいる。


俺は一人でカキ氷を買って、ろくてつの上を陣取ってここで食べようと思ってた。
あれのうえに上ると、グラウンド全体が見渡せる。すっげー気分いいんだぜ。俺の展望台。あるいは要塞を独り占めした気分。


だけどね。
そこにはもう先客がいたんだ。
女の子がそこにいた。

見たことの無い子だった。違う学校の子かもしれない。この祭りでは、近所の複数のいろんな小学校から子供が集まって参加するから。
ここが一番良い場所だって知ってたのは、俺だけじゃなかったってこと。
大きな空も、賑やかなグラウンドの一望も、全部高いところから見渡せるから。


一夜限りだったけど、俺とその子はその場ですぐ仲良くなった。
笹を眺めながらカキ氷を食べた。
名前も聞いたはずなのに、どうしても思い出せない。
代わりに鮮やかに思い出せるのは、その子の顔と、その子の白いワンピース。イチゴの赤いカキ氷。星空の下で聴いた七夕の歌。


『来年もまたここに来る?』


俺はその子と約束したんだ。


『来年も七夕の日にここで一緒に遊ぼう』


必ず来るよ。
だって俺、七夕好きだから。


それっきり、二度とその子には会っていない。


小学校を卒業するまで、毎年毎年、この七月七日の夜には必ずここへ来て、ろくてつの場所であの子を探した。
けれども、会えたことは一度もなかった。
また来年会おうという、一夜限りの約束がとても楽しかったから、だから毎年ここへ来てしまう。
今でもまだそんなことを覚えてる自分に苦笑する。
俺も意外と乙女な少年だったなぁ、と。

どうしてあの子は来なかったのだろう。
とても可愛い子だったよ。


そんなもんなのかな。


そして、毎年恒例の七夕祭りが始まる。
夏の陽が傾いて地平の向こうへ消えた頃、踊るような灯りが並ぶ。
星の瞬く空の下、笹が泳ぐ。その周りをうろうろと走り回る子供達。


ふと、ろくてつの上へと目をやってしまう。
やっぱり今でも、今日という夜にはあの日のように、あの場所に座ってる女の子が俺を待っているんじゃないかと思ってしまう。


俺、子供が好きだよ。
子供の心のままで、誰もかれも大きくなれば、こんなに世の中矛盾だらけにならないはずなのにな。
空気の汚れたこんな空じゃ、星になんか届きやしないよ。

それでも子供は、短冊に願いをかける。



あの頃俺は、あの小さな長方形の紙切れの中に、何を書いたっけ。
その願いは叶ったっけかな。
願いが叶ったかどうかなんて、二十年たってみないとわからないさ。


来年もまた、見に来ようと思う。


できれば、俺の子供が大人になる頃まで、この行事がずっと続いていたらいい。











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(2008/7/24)
本当はこれ、再会する展開だったのだけれど、端折りました。どっちの方がよかったかな。
ほどほどに実話。
あの七夕行事はもうあってない。でも一日だけの友達のことは忘れられない。
ところで、「ろくてつ」って名称でいいのかなあれは。







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